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過去から受け継がれる呪い

呪い代行呪鬼会

日本における呪詛《じゅそ》の最古は西暦587年に編纂された『日本書紀』中の記述に見つけることが出来る。その後の奈良時代であれば、考古学的な品も複数存在している。当時はたびたび呪詛を禁止する勅令も出されたようだ。 呪詛をかけることが可能な者は呪詛を祓うことも可能とされ、平安時代には怨霊の祟りから逃れる為に重宝された。呪禁《じゅごん》道、陰陽道、修験道といったものが有名だろう。 それらは時が流れて表舞台から姿を消した後も、一部の家系では脈々と受け継がれてきた。

そうして、現代。 人々の間では若者を中心に「呪い代行サイト」なるものが密やかに広まりつつあった。
「幼馴染への復讐に同僚の誘惑、ね」 俺はPCのディスプレイを見てふと呟いた。 そこには「呪い代行サイト」のページが映し出されている。運営者専用のページが。 サイトを通じて自らに届いたメッセージを確認していた。 どちらも昏い感情に彩られた文言が綴られており、おどろおどろしい情念がこもっている。 それ以外にも届いているものがあったが、目を引いたのはその二つだった。
「…………」 ディスプレイに手をかざすと、届いたメッセージの全てから黒いもやのようなものが吸い出されていく。 それは文字列に刻まれた負の感情だ。呪詛師が呪詛を行使する為に必要なエネルギー。

俺の家は代々、呪詛師の家系だった。遡れば平安時代に端をなすらしい。 呪詛師は負の感情を集めることを基本的な目的としている。それがなければ、何も出来ない為だ。蓄えがあるにこしたことはない。 昔はわざわざ直に会って話を聞くことで、言霊として取り出すのが基本であったようだが、今ではこうしてネットを利用して回収できる。便利な時代になったもんだ。 俺が立ち上げた「呪い代行サイト」の噂は着実に広がっていた。全てではないが、気に入った内容には実際に呪詛を行使することで、信憑性を与えている。 様々な人が半信半疑で書き込みに来る、くらいがちょうど良いと考えていた。その全てに呪詛を行使して応えた場合、せっかく集めた負の感情が減るのはもちろんのこととして、警察のような存在に目をつけられてしまう可能性がある。 サイトは海外のサーバーを複数経由しているので、こちらの居場所が割れることはない。

「さて、依頼を遂行しに行こうかね」 俺はチェアから立ち上がると、デスク上に置いてあったお気に入りのサングラスを掛けた。着ている服は、殺風景な部屋には不似合いなアロハシャツだ。傍から見れば、良く目立つ格好だろう。まあ、これはただの趣味だ。 簡単に支度を終えると、自宅を後にした。 呪詛をかけるには対象と直に接触しなければならない。対象の髪の毛などがあればまた話は別だが。そればかりはネットが普及した今でも変わらなかった。 まずは一人目の対象を探す為に街へと出る。 呪詛には様々な種類があり、単純に相手を呪い苦しめるだけではない。人探しの為に使えるものもある。特にその人物を呪うメッセージから取り出した負の感情を用いれば、自然とそちらに指向性を帯びているので容易い。 俺は目前に展開した小さな球体型の黒煙の後を付いていく。それは一般人には見えないので、周囲を気にする必要はない。

やがて、人込みの中で対象を呪詛が指し示す。それは垢抜けた様子の少女だった。 俺はわざと肩が接触するように歩いていくと、謝罪の言葉を口にした。 「おっと、失礼」 少女は苛立ちの目でこちらを見る。しかし、その背後には既に俺の放った呪詛が取り付いていた。 それは蛸《たこ》のような見た目をしており、うねうねとした触手を少女の双眸に伸ばすと、裡《うち》へと潜り込ませた。 対象に幻を見せる呪詛だ。効果はほんの数日の間だけだが、それだけで正気を失う程に強烈なものとなっている。メッセージを送ってきた者の望みを果たすには十分だろう。 当然、本人を含めた周囲の人間は何も気づいていない。 「……良い悪夢を」 俺はその場から立ち去ると、次の相手を探して歩き始めた。

再び人探し用の呪詛に頼る。 オフィス街の辺りでもう一人の対象を発見した。瀟洒《しょうしゃ》なスーツ姿の男。見るからに優秀な雰囲気だ。 先程と同じように軽く肩をぶつけて接触する。少女とは違い、彼は如何にも爽やかな様子だった。しかし、その背には既に呪詛が取り付いている。 それは赤ん坊の見た目をしている。今はまだ小さいが、日に日に大きくなっていき、比例して全身に重みを与えていく。しばらくは苦しみ悶えることになるだろう。効果は二週間ほどだ。その間に上手くやれるかどうかは、メッセージを送ってきた者次第だ。 「さて、帰るか」 スムーズに事を終え、俺は帰路に就く。その頃には辺りはすっかり暗くなっていた。 人気のない道を歩いていく俺の前に、突然立ち塞がるようにして男女の二人組が現れた。

服装は普通だが、凛とした佇まいから一般人ではないことが分かった。 眼光鋭い男の瞳が俺の行く手を遮り、女の方が告げる。
「日本呪術研究呪鬼会のものです。少し時間いただけますか」 差し出された名刺には「日本呪術研究呪鬼会 呪術師 橋田」とあった。 俺は思わず舌打ちする。なぜ嗅ぎつけられたのか、考えるのは後回しだ。 とにかく今はこの場を切り抜けなければならない。
「あんたら誰?呪鬼会?急いでるんで。悪いね。」
「ごまかしても無駄ですよ。呪いの世界で我々を知らないはずがないでしょうに」 それを聞いて俺は再び舌打ちする。
「逃げようとしても無駄ですよ。すでに結界が張られています。まあ、もし本当に呪いが使えるのであれば、話は別かも知れませんが」 女が静かに語り掛けてきた。 確かに、呪詛を用いればこの場を逃れることは出来るだろう。だが、せっかく蓄えた負の感情を乱用するのは出来るならば避けたい。仕方ないか。
「ちっ、わーったよ。大人しく付いていってやる」 俺は両手を上げてそう言った。降伏のサインだ。
「そうしてもらえると助かります。それでは、すぐ傍に車を留めているので、行きましょうか」

俺は車で一時間ほど走り人気の少ない郊外の山野に連れていかれた。すっかり日も暮れている。
「あなたが運営している呪い代行サイトについてお話したいことがあります」
「……いや、知らねぇな。見たこともねぇし、聞いたこともねぇ」 俺はそう答えて肩をすくめる。無論、良く見知った画面だが。
「そうですか。私達はあなたをこのサイトの運営、もしくはその者に近しい人物と考えています」
「じゃあ俺は嘘を吐いてるってか?一体、何を根拠に?」
「あなたが私達が見張っていた人物の前に姿を現し、不審な接触を行った為です。つたない技法でしたが確かに呪詛の痕跡がみられました」 彼女がタブレットで表示したのは、俺が呪詛をかけた二人の写真だった。 そういうことか、と現状に陥った原因を理解する。どうやら情報が漏れていたらしい。 運営元までは辿れなくても、そこに何が書き込まれたかくらいは、技術者の腕前によっては可能かも知れない。
「……それで、俺をどうしようってんだい?もし仮に呪い代行サイトを運営していたとして、文句でもあるっていうのかい?」
「そうですね。実を言えば、我々にとってはどうでもいいことなのですよ。ただ、我々にも義というものがありまして。呪いを軽んじるものたちへ、最悪の事態が起こる前に警告をすることも活動の一つでして」 女は悪気なくそのようなことを述べた。 一体、何の為に連れて来られたのか、さっぱり分からない。
「なんのことだか。とりあえず俺は帰らせてもらうよ。」 俺は立ち上がると、その場を去ろうとする。その背に女の声が届いた。
「一つだけお聞かせください、あなたは本当に呪いが使えるんですか?」
「俺の家は平安時代から代々伝わる呪詛師の家系だからな。今度、俺に近づいて来たら酷い目に遭うと思った方が良いぜ」 言われっぱなしはさすがに癪に障る。このくらい言ってもいいだろう。
「なるほど。それでは、またいずれお会いしましょう」 脅しとして言ったつもりだったが、彼女はまるで意に介した様子はなかった。 まったく、食えない女だ。

それから数週間が過ぎた。 その間、「呪い代行サイト」で来たメッセージに応えることはしていない。例の日本呪術研究呪鬼会とやらに関わられては面倒だ。 これまでの活動のお陰もあって、例え放置していてもメッセージは送られてくるので、負の感情は着々と回収することが出来ていた。 時折、資金調達に呪詛を行使することがあったが、それ以外は特に出番はない。その為、負の感情は蓄積する一方だ。目標としていた量まであと少しだった。 そんな風に考えていた俺の前に再び姿を現したのは、あの女だった。
「どうも、こんにちは」 買い物の為に外に出た俺を待ち構えていたようで、道の傍らから姿を見せた。
「言ったよな、今度近づいてきたら酷い目に遭うって」
「そのことで、少し確認したいことが出来まして。時間は取らせませんので、ご協力いただけませんか?」 相変わらず怯える様子がまるでない。どうやら今回は一人のようだが、それでも変わらないので、随分と肝が据わっている女だ、と感心する。
「……一分だけな」
「ええ、それで構いません。それでは、早速本題に入ります」 別に何を聞かれたところで意に介さない自信があった。

しかし、彼女が問いかけて来たのは、こちらの想定を上回るものだった。
「この間、あなたの家は呪詛師の家系と言っていましたね。気になって少し調べてみたのですが、率直に言って、そのような痕跡はありませんでした。あれは冗談ですか?」 彼女は単に気になったから調べてみて、確認に来ただけなのだろう。 しかし、その質問は俺を大きな動揺へと誘った。
「……は?」 俺の家が呪詛師の家系じゃない? そんな馬鹿な。昔からそう言い聞かされてきたはずだ。 ……あれ、俺は誰に言われてそう思うようになったのだったか。 両親?祖父母?良く思い出せない。

俺の心中が嵐のように荒れ始める中、彼女は話を続ける。
「そもそもあなたの家のルーツはそこまで古くありません。とても平安時代まで遡ることは出来ないでしょう。これはあなたの両親や祖父母にも直接確認したので間違いないです。もしあなたが本心でそう思っていたのだとすれば、なぜそう思うようになったのですか?」
「あ、あぁぁ、ああぁぁぁぁぁっ……!」 俺は自ずと絶叫する。認識してはいけないことを認識しようとしていた。 自分は呪詛師の家系でも何でもない、呪詛はある時から急に使えるようになった、ということを。 何かが抜けていくのが分かる。呪詛を扱うことを可能とさせていた何かが。

それと共に視界が激しく揺らいだ。全身から力が抜けて、その場に倒れ伏す。
「……これは一筋縄ではいかなそうですね」 俺の意識が最後に捉えたのは、女が口にした言葉だった。

平安時代より負の感情を喰らい生き続ける一人の呪詛師がいた。 その者は既に人の身体を失っており、それゆえに異なる人間の身体を乗り継ぐことで現代まで生き延びて来た。 残念ながら、現状は依り代とした身体を動かすことは出来ない。記憶を操作することが精々だ。

しかも、先程のように真実に気づいてしまえば、精神が壊れてしまう。 次の依り代を探さなければならない。優秀な依り代が必要だ。 もう少しで依り代がなくとも顕現が可能になる。真の意味での復活だ。その為に膨大な負の感情を集めて来た。 次の依り代が「呪い代行サイト」のような効率の良い集め方を考えてくれることを願うばかりだ。

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません。

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