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祖母の呪縛

呪い代行呪鬼会

[su_youtube url=”https://youtu.be/HoC9U7CgaFI”]

子供は親の所有物じゃないってずっと思ってた。
「く、苦しい……。どうして、こんな、こと……」 私の人生は私のものだ。
「……呪ってやる」 今からでも遅くないはず。
「……呪って、やる……呪ってやる。……お前なんか、産むんじゃなかった!」 呪詛を吐きながらベッドの上で散々暴れた母は、白目を剥いて死んだ。 私が首を絞めて殺した。 母から出た汚物を適当に処理した後、私は母を二つ隣の県にある山に埋めた。

自宅介護だった母を探す人はおらず、夫を事故で亡くした私の家族は八歳になる娘ただ一人だった。 娘には母が病気で亡くなったと伝え、あまり言いふらす事じゃないと学校でも口外しないよう何度も言い聞かせた。 何故母を絞殺したのか、毒親を持った事がある人間ならば理解して貰えるだろう。 生まれてから、テストで満点じゃなかったら頬を叩かれ発狂する。 部活は母がフルートをやっていたという理由で吹奏楽部へ入部させられ、家に連れて来た友達に文句をつけては絶交するように言われた。 結婚相手も母が紹介する相手でなければ、許されなかった。 そして、女性は専業主婦と言われ働く事すら許されなかった。 まさに母の所有物じみた人生だった。

母を自らの手で絞殺した私は罪の意識よりも何倍もの解放感に満たされた。 母を殺害してから、私はとある工場の事務として働き始めた。 仕事も覚えて日常というものが形成されてきた頃、一人の男が訪ねて来た。 インターフォンを鳴った時、私は心臓が飛び出てしまうのではないかというぐらい緊張する。 玄関の向こうには、警察官が立っているんじゃないという妄想を何度したか分からない。 しかし、恐る恐る開いたドアの向こうに立っていたのは一人の男性。 年は三十代半ばぐらいで、喪服のような黒いスーツを着ている男性に私は嫌な予感がした。
「初めまして。吉田祥子(よしだしょうこ)さんに招待されて参りました、私はこういった者です」 差し出された名刺には、呪い代行日本呪術研究呪鬼会という読みなれない文字と彼の名前であろう井端隆二(いばたりゅうじ)という名前が書かれていた。
「あの、母は今留守にしていまして。母とはどういったご関係なんですか?」
「いやね。祥子さんから一年連絡が途絶えたら来るように言われておりまして。何故留守だなんて嘘を吐いたんですか?」

まさか、こんな保険を用意していたとは予想してなかった。
「それは……母が亡くなった事はあまり親しくない方へは伏せるようにと、母が亡くなる直前にそう言っていたからです。私も不思議に思っていたのですが、貴方のようなお知り合いが居たから情報を漏洩しないためだったんですね」
「なるほど。それでは仕方ありませんね」 口ではそう言いつつも、全く私の話を聞いていない井端。
「では、祥子さんから遺書のようなものを預かっておりまして、こちらお渡ししますね」 井端がカバンから取り出した一枚の紙は三つ折りした跡がついていた。 その紙にはこういった事が書かれていた。

井端隆二様 主人の件については誠にお世話になりました。 この度は別のご依頼をさせて頂きたくお手紙を綴らせて頂きました。 今回呪いを掛けて頂きたい相手は私の娘です。 近いうちに私は娘に殺されます。 私から一年以上連絡が無い場合は、こちらの住所まで私を訪ねて来て下さい。 私が死んでいる場合はどうか、娘が私と同じ末路を辿るようにお願いします。 追伸今年で八歳になる孫がおります。吉田祥子 全て読み終わった後、思わず母の遺書のようなものをクシャクシャに丸めた。
「既に祥子様からは報酬金額は頂いておりますので、今から呪います」 真顔で呪うと言う井端を私は鼻で笑ってしまった。

呪いなんてオカルトが存在するはずない。あの老害はこんな怪しい男にお金を払ってまで大袈裟な茶番をさせるなんて、死んだ後まで本当に不快。 井端はカバンからカメラを取り出すと。 「はい、チーズ」 突然のフラッシュに目を閉じる。 彼は私を撮影したのだ。
「ちょっと!」
「それでは、失礼します」
「待ちなさい!!その写真一体何に使うつもり!」 井端の肩を掴み止めようとするが、強引に引きはがされて私は道路へ倒れ込んだ。

不気味な男に写真を撮られた事を私は急いで警察へ通報した。 しかし、井端の手掛かりといっても電話番号や住所などが全く記載されていない名刺しかなかった。 警察も面倒臭そうに書類上の手続きを済ませただけで帰ってしまった。 呪い代行日本呪術研究呪鬼会、なんて胡散臭い。 だけど、私は妙な胸騒ぎを隠しきれなかった。 母の遺書の内容が脳裏にチラつく。 私と同じ末路を辿るという文言、きっと母は娘の絵里(えり)に私を殺させるつもりなんだろう。 呪いなんてフィクションの世界でのみ許される現象、本当に可能なのか……。 バカバカしいと思い切れない自分が、あの親に毒され過ぎた自分が嫌になる。

一通りの事情聴取を終えた警察が帰った後に、娘の絵里が学校から帰ってきた。
「…………」
「ちょっと、ただいまぐらい言ったらどうなの?」 今年で小学三年生になる娘は玄関で靴を脱ぐと、何も言わず二階にある自分の部屋へと向かう。 母親の勧めで結婚した相手と出来た子供に愛情を抱けなかった私は、絵里に対して何も言わなかった。 ただ母に言われるまま、食事を作り寝かしつけただけ。 会話は最低限にして、娘の言葉はよく無視していた。 そんな育児放棄と言ってもいいような環境で育てた娘は、いつしか私に対して口を利かなくなった。

その事について私は何も思わないが、今日やってきた井端から渡された母の遺書を読んではそうはいかない。 娘は私を殺そうとしてくるかもしれない。 あの遺書を鵜呑みにするわけじゃないが、私は娘を信用していない。 なんなら、呪い無しで私を殺してくるんじゃないかと井端がやって来る前から思っていた。 部屋に閉じこもる娘が牙を向いてくる日は、きっとそう遠く無い。 今まで感じていた不安が唐突にやって来た井端という異質な存在によって急激に膨らんで私を蝕む。 殺される前に殺すべきだろうか……。

しかし、自宅介護状態だった母と違って娘が突然居なくなれば周りの人が怪しむだろう。 親指の爪を噛みながら、私は娘を殺す想像ばかりを繰り返した。 クソ、どうして私の人生は家族ばかりが邪魔になるんだろう。 一体いつになったら私は私の為だけに生きられるんだろう。 考えれば考える程、顔が熱くなり涙が溢れる。 あんな娘産むんじゃなかった。 母の首を絞めた時に言われた台詞が思い浮かんで、咄嗟に首を振る。 私はあの母親とは違う。 決して自分の願望を娘に押し付けたりなんかしない。 どうすれば娘を周囲に悟られず消せるのか、いい考えが思い浮かばなかった私は一旦考えるのを止めて ご飯の支度を始めた。 私一人だったら、コンビニ弁当で良いのに……。

――十年後。 うだるような暑さの中、アブラゼミの鳴き声が響く。 工場の事務として順調に働いていた私は、呪鬼会の井端が呪いなんて掛けられない事を確信し、何が本呪術研究呪鬼会だ、と鼻で笑っていた。 私が生きているどころか、絵里が私を襲う気配すら無い事が何よりの証拠だ。 井端が来てから五年ぐらいは絵里が私を襲ってくる悪夢に何度も魘され、もし現実で絵里が襲ってきたら私は躊躇無く殺すつもりだった。

しかし、この十年間何も無くただ平凡な日々が過ぎていた。 今の生活で不満があるとすれば、この真夏日にも関わらず社長が電気代をケチってエアコンを付けずに扇風機のみで涼む羽目になっている職場環境ぐらいなものだ。 絵里とは高校に進学しても必要最低限の会話しか交わさなかったが、誰にも私の人生に干渉して欲しくないと心の奥底から願っていたから、むしろその距離感が心地よかった。 事務の仕事を午後五時に上がった私は、近所のスーパーで夕飯の買い物を済ませるてから帰宅した。

本来なら、夕飯の支度などしなくて良いのだがこの買い物をするという行為はご近所から不審に思われない為に必要な行為だ。 自転車カゴに買い物袋を乗せて帰る途中、絵里の通う高校の制服を着た学生達がチラホラ見受けられた。 きっと、今の時期は期末テストの時期で帰って来るのがいつもより早いんだろう。 もしかしたら、もう絵里は帰って来てるかもしれない。 玄関のドアノブを回すと、鍵が開いていた。やはり絵里はもう既に帰って来てるみたいだ。
「ただいま」 家に入ると玄関に絵里が立っていた。 背後でガチャリと扉が閉まる音がする。
「……ねぇ」
「な、なんで玄関に突っ立ってんのよ?本当に気持ち悪い」
「…………お母さん、一つ聞いてもいい?」

普段は私がどれだけ悪態をついても「うん」か「分かった」しか言わない絵里がこんなに喋るなんて、いつぶりだろうか。
「学生のあんたと違って、私は暇じゃないの。今から夕飯の支度するから、後にしてくれる?」
「どうして、お婆ちゃんを殺したの?」

絵里が口にした言葉を理解するのに数秒時間が掛かった、そして私は自分の耳を疑った。 どうして、どうして私が母を殺した事を知ってる?
「あんた、まさか井端って奴に会ったの!?」
「……だれ、そんな人知らない」
「なら、なんであんたがそんな事知ってんのよ!!」 買い物袋を床に叩きつけた拍子に卵が割れる音が聞こえた。
「ずっと、ずっとお婆ちゃんが苦しいって、言ってるから」 「はぁ?何訳分かんない事言ってんのよ!?」
「私、聞こえるの。お婆ちゃんの部屋から声が。お婆ちゃん、ずっと苦しい、呪ってやるって言ってる。お母さんの事を呪ってやるって言ってる」
「あーそう。好きにすれば」
「どうして、どうしてお婆ちゃんを殺したの?」
「あーあ。あんたのせいで卵割れちゃったじゃない。あんた今からスーパー行って買ってきなさいよ」

露骨に無視する私に対して、娘は小さく舌打ちをする。
「ちょっと、何よその態度。あんた誰のおかげで飯食えてると思ってんの!!」 絵里の髪の毛を掴んで、床に叩きつけるように手を振り下ろす。 ブチブチと髪の毛の抜ける音が聞こえる。
「本当にいつからそんなに生意気になったの?幻聴まで聞いて本当に気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!!!」
「そうやって、お婆ちゃんも殺したんだ」
「あんたに何が分かるって言うのよ!!」

廊下に横たわる絵里を何度も何度も踏みつけ、私に踏まれる度に短い息を吐く絵里。 いっそ、このまま殺してしまえば家族という鎖からやっと解放される。 そんな考えが脳裏に過った時。
「そうやって、私も殺すつもりなんだ!!」 廊下で蹲っていた絵里は私の右足を掴んで、手前に引いた。 咄嗟に体勢を崩されて腰を床に強打する。
「絵里!あんた親に手を上げてタダで済むと思ってないでしょうね!!」 私の声など無視した絵里をキッチンへ走る。 痛む腰を庇いながらキッチンへ向かうと、両手で一本の包丁を持った絵里が血走った目で私に包丁を向けて来た。
「お婆ちゃんみたいに殺されてたまるか!!」 突進してきた絵里の持った包丁は私の腹部に突き刺さる。 突如腹部に走る激痛に声にならない悲鳴を上げる。
「は……はは……これで、良かった……」 絵里は包丁から手を放し放心状態になっている。 何が呪いだ!!このガキ、絶対に殺してやる!! 腹部に刺さった包丁を抜いて、絵里に向かって血の付いた包丁を振り下ろした。

首筋を狙ったはずが、絵里に避けられて包丁は絵里の左肩を切りつける。
「きゃぁああああああああああああああああ!!痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!」 左肩を抑えながら、床を転げ回る絵里にもう一度包丁を振りかざす。 今度は左腕を包丁が深く抉る。
「こ、このクソババァ!!いい加減死ねよ!!」 声にならない悲鳴を上げ、涙で顔面をぐしゃぐしゃにしながら絵里は私の首を両手で絞める。
「…………あ、あんた……本気で、私を殺すつもり……」
「無駄に抵抗しやがって!殺してやる殺してやる!!あんたみたいな殺人鬼、私が殺してやる!お婆ちゃんもお爺ちゃんもお父さんもみんなお前が殺したんだ!!」 「……ち、ちが……ババア以外は、知らな……」
「うるさい!お前が殺したんだろ!!お前なんか産まれて来なければ良かったんだ!!」 ミシミシと首の骨が軋む音が脳に響く。 気道が塞がれて、徐々に意識が遠のいて痛みすら感じなくなってくる。
「…………やっぱり、お前なんか、産むんじゃ……なかった」 首を絞める手により力が込められる。
「…………呪ってやる…………呪って、や……る。お前も……わた、し…………と、同じ…………死に」
「はぁ、はぁ……これで、やっと解放された。お婆ちゃんの言う通り、私ちゃんと殺したよ?やっと、私の前から、消えてくれた…………良かった~」

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません。

 

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