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ハイスペックな妻

呪い代行呪鬼会

30代に入って、僕は焦り出しました。何をって結婚です。女性が焦り出すのはよく聞きますけど、同じように男もそれなりに焦りが出てくるもんだなぁと思いました。

友達や同僚…後輩までどんどん結婚し、毎月のように結婚式に招待されていると、僕もそろそろ結婚したいなぁと思うようになります。特に僕は、昔から結婚願望がありましたから。 いつかは僕も結婚し、マイホームを持ち、子供を育て父親になる…。よくある平凡なマイホームパパを漠然と思い描いて生きてきました。

しかし、この時代だとそれも厳しいのが現実です。 安い給料で馬車馬のように働かされ、出世もなかなか出来ない。現代社会の男は、家族を養えるだけの稼ぎを叩き出すのは困難です。

僕もご多分に漏れず、そういった男の一人で、この年収で家族を養ってマイホームを持つなんて夢のまた夢でした。 何より、恥ずかしながら僕は彼女いない歴=年齢、30代童貞という経歴の持ち主です。30代にして頭髪の薄さに不安を覚え、身長も顔面偏差値も低い。 自分でも情けなくなるくらい冴えない男です。

そんな冴えない男でも、やっぱり結婚はしたいんです。嫁、マイホーム、子供…三種の神器じゃありませんが、これを持つまで僕は死ねないと思いました。 そのためには、まず女性と出会うことから始めないといけません。 先輩や上司に誰か紹介してもらおうとも考えましたが、既婚者ばかりで紹介できないと断られてしまいました。

そうなると、結婚紹介所や婚活パーティーを利用するしかありません。 残念なことに、結婚紹介所は年収で弾かれてしまい、登録することが出来ませんでした。婚活パーティーは昔と違い多様化しているため、年収だけで弾かれることはありません。 職業や年齢、趣味、出身地…そういったところに焦点を当てた婚活パーティーまであり、僕でも参加費さえちゃんと払えば何度でも出席することが出来ます。

しかし、婚活パーティーでは手応えを感じませんでした。 自分が目をつけた女性は、他の男性参加者から大人気。いつ行っても囲まれていて、僕が自己紹介する隙などありません。 そして僕に話し掛けてくれる物好きな女性も…いない。いたとしても、僕が探している結婚相手の条件に合わないのです。 どんな結婚相手がいいのか聞かれて答えたら、大抵渋い顔をされます。 「理想が高いんですね。現実見た方がいいですよ」 なんて言葉まで言われたことがあります。 僕の理想は、美人で料理が上手で、心優しい家庭的な女性がいいというものです。あとは子供が欲しいと思っているかどうか。 女性から見ると、僕の理想はかなり高いようです。童貞を拗らせすぎたのかな…。

婚活パーティーでも失敗した僕は、最終手段に出ました。 マッチングアプリです。まぁ、要は出会い系サイトですね。 出会い系サイトはたくさんありますが、僕は真剣な出会いを求めていますので、婚活に特化したところに複数登録しました。男性会員は女性のプロフィールを見たり、写真を見るためにポイントを消費しなければなりません。そのポイントは有料なので懐は少し寒くなりますが、この際泣き言は言っていられません。 婚活パーティーという修羅場を経験した僕は、前より積極的になっていました。 お目当ての女性にメールをしまくり、お断りされては他の女性へ…。

そんなことを繰り返していたら…酷い目に遭いました。 今流行りのパパ活に引っ掛かってしまったのです。 その女性から初デートでいきなり「ホテル代はそっち持ちね。いくら援助してくれるの?」と言われ、度肝を抜かれました。 そんなつもりは無いと怒って帰りましたが、それ以来マッチングアプリでの婚活は消極的になってしまいました。

そんな僕のことを心配した同僚のカトウが、ある日飲みに誘ってくれました。 安い居酒屋で、生ビールと焼き鳥をかっくらいながら、僕はこれまでの婚活失敗談をカトウに話しました。

「お前は悪い奴じゃないんだけどな。なんか勿体無いなぁ」 僕の話を聞いたカトウは優しく呟きました。

「なぁ、カズマ。こういう時はちょっとまじないに頼ってみたらどうだ?」

「それは神頼みってことかい?縁結びの神様…それこそ出雲大社にでも行ってお詣りしろと?」

「いや、違うかな。呪いだよ、呪い」 呪いとはまた物騒な。

思ったことが顔に出ていたのでしょう。カトウは苦笑いをして手を振りました。 「あのな、呪いって怖いもん想像してる?藁人形にカーンカーンって釘打つみたいな。それも確かに呪いなんだけど、呪いってのはそういうものばかりじゃないんだよ」

カトウの話によると、呪いとはつまり呪術のこと。呪術は人の怨み辛みだけを扱うものではなく「仕事が上手くいきますように」とか「受験で合格しますように」なんてポジティブなものも対象にしているという。

「最近じゃ恋愛に関するお願い事を、パワースポット巡りではなく呪術に頼る女の子も多いらしいぞ。ま、そもそも神社仏閣に“恋人が欲しいです”ってお願い事しても無意味なのさ。祀られてる八百万の神様は願いを叶えるわけじゃねぇし」

「え…?そうなのか?」

「神社へのお詣りってのは、例えばだけど“彼女が欲しいです”じゃなくて、“僕は今年、彼女を作るよう頑張ります。神様どうか見守ってて下さい”ってのが正しいお詣りなんだよ。要は願望叶えるための決意表明だな」

「なるほど。じゃあ呪術とは全く違うものだったんだな」

「そういうこと」 おかわりの生ビールを頼んで、さてと…と一呼吸置いて話を戻した。

「カズマの場合、神頼みより呪術の方が俺はいいと思う。ちょっとやってみたらどうだ?」

「僕はそういう知識無いよ。霊的な力なんてものも無いし…」

「何もお前自らやる必要は無いよ。今は呪術代行なんてサービスがあるんだから」 カトウはそう言ってスマホをいじると、あるホームページを開いて見せてきました。

“呪術代行 呪鬼会” 名前からして恐ろしげです。ホームページによると、様々な要望をプロの手で呪い代行をするというもの。 料金は想像していたのより安い…もっとウン十万円くらい吹っ飛ぶものだと思っていました。

「効果があるか無いかは保証出来ない。でも、投資だと思えばいい。今のお前は落ち込みまくってるからな。呪術代行でも使えば、精神的には楽になるだろ」

カトウの言っていることは、一理ありました。 今の僕に必要なのは、婚活に必死になることではなく、少しでも気持ちを上向きにすること。それを思いやってくれたのでしょう。

翌日の夜、僕は『呪鬼会』に呪術代行の依頼をしました。 “美人で優しく、家庭的なハイスペックな女性と結婚したい” お金を払うのだから…と少し我が儘な願望も付け加えました。 本当にそういう女性と結婚できるかは分かりません。 依頼を出してから、僕の気持ちは少し落ち着きました。 やることやったんだ…呪術の効果は、気長に待とう…。

それから1ヶ月ほどは仕事に打ち込みました。我が社の時代遅れなブラックっぷりに嫌気が差した後輩が、ある日突然辞めてしまったせいで、僕の仕事が増えてしまいました。 毎日のように残業し、接待をし、そんな生活のせいで婚活のことも忘れかけていました。 肌寒い夜のことでした。その日も僕は遅くまで残業し、23時頃に会社の最寄り駅を歩いていました。

繁華街が近いのもあり、飲み会後の人々で駅は混雑していました。酒臭い満員電車に今日も乗るのかとげんなりしていたら、壁にもたれかかって座り込んでいる女性を見つけました。 破れたストッキングに灰色のスーツ…この辺りに勤めているOLでしょう。彼女の周りには誰もいません。 微動だにしない姿は、一瞬死体と見間違えるほどでした。 女性が一人でこんなところに…どうしたんだろう。 僕は彼女に近付き、軽く声をかけました。しかし、反応はありません。本当に死んでいるのでは…?怖くなって顔を覗き込むと、彼女から酒の臭いが漂ってきました。 相当飲んだのでしょう…そのせいで彼女は酔い潰れたようです。

「あの、もしもし?大丈夫ですか?気持ち悪いですか?」

「う…うぅ…っ」 呼吸の乱れ、立てないほどの酔い方…急性アルコール中毒です。 僕は買ったばかりの水を彼女に飲ませ、駅員さんを呼んで救急車を呼んでもらいました。 彼女が一人だったこともあり、付添人として病院まで一緒に行き、簡単な手続き等をしました。 朝まで付き添うわけにもいきませんので、看護師さんに僕の身元の分かるものとして名刺を渡してタクシーで帰宅しました。

“あの人…大丈夫だったかな。それにしても美人だったなぁ…” どこの誰かも分からない酔っ払いの顔を思い出し、僕はそんなことを考えてその日は眠りました。 それから数日後の昼休み。外に昼食を食べに行こうと準備をしていると、慌てた様子でカトウが僕のところにやってきました。

「おい、カズマ!お前にお客さんだぞ!」

「お客さん?先方のと打ち合わせは午後のはずだけど…」

「違う違う!仕事のお客さんじゃない。お前の個人的なお客さんだよ。どこで見つけて来たんだ?あんな美人!」

僕はよく分からないまま、総務課の受付まで行きました。 なんとそこには、先日救助した女性が立っていたのです。 社内で話すわけにもいきませんので、会社近くのカフェで昼食をとりながら話をすることにしました。

「いつぞやは、本当にご迷惑をおかけしてしまって…申し訳ありません」 注文を終えてすぐに頭を下げる女性に、僕は慌てて手を振った。 彼女の名前はマミといい、この近隣にある一流企業に勤めているらしい。あの日は仕事で嫌なことがあり、一人で自棄酒をしていたら、つい飲みすぎて酔い潰れてしまったと…。僕のことは看護師から聞いたようで、看護師が持っていた名刺から勤め先を知ったと言っている。 話を聞きながら、僕は彼女の顔を見た。 何度見ても美人だ。こんな美人がこの世に存在するのかと驚くほどだった。

「あの…助けて頂いたお礼になるか分かりませんが、今夜…一緒にお食事でもどうでしょう。ご馳走させて下さい」

なんと、婚活大失敗男が美女とデートすることになってしまった…。 人生とは本当に分からないものです。あれから僕は、マミと仲良くなり休日も一緒に過ごすようになりました。 マミは美人で優しく家庭的…一流企業に勤めるデキる女です。 そんなマミから僕は逆プロポーズされ、めでたく僕とマミは短い交際を経て結婚することになりました。 冴えない僕にこんなハイスペックな妻が出来るなんて、夢のようでした。

これが『呪鬼会』に頼んだ呪術の効果なのか、それともただの偶然なのか。 僕としてはどちらでも構いません。理想の女性とこうして結婚することが出来たのですから。 結婚して2年後、僕たちは子宝にも恵まれ、郊外に一軒家を建てて幸せに暮らしていました。夢のマイホームパパになれたんです。

しかし、この頃になると僕はマミに違和感を覚えるようになりました。 マミは何故かいつも、僕が望んでいることを先読みしてすべて思い通りに動いてくれるのです。 育児も家事も仕事も一人でやっているのだから、ストレスを溜め込んで僕に不満を言ったり、育児で悩んだり、自分の見た目を保つことを疎かにすることもありません。 いつも美しく、僕を立てるのです。そんな僕は良き夫かと言うと、それほど良い夫とは言えません。 仕事でいつも家にはいないし、育児も家事もほとんど妻任せ。休日は疲れて昼間で寝ています。それでいて年収は低い。ATMにするにも微妙な性能です。 普通の家庭なら、妻の怒りが爆発するか育児ノイローゼになるでしょう。 でもマミはそういったことが一切無いのです。 不満など一言も口にせず、いつも笑顔で僕を守り立ててくれます。 なんとなく僕が肉じゃがが食べたいと昼間ぼんやり考えていたら、夕飯に肉じゃがが出てきます。

「カズマさんが食べたいと思ってるかなと思って作ったのよ」 そう言って美しく頬笑むのです。 マミが僕に惚れ込んでいると思ってしまえば何の問題も無いのですが、彼女ほど美しくハイスペックな女性が、冴えない男に夢中になり尽くす姿は、僕から見てもどこか不気味でした。

マミへの気味悪さを感じていた頃、僕は一度だけ浮気をしました。 ずっと登録しっぱなしにしていたマッチングアプリで、20代の女性と連絡を取り合い、仕事の後にデートをしたりホテルに行ったりしたのです。 マミ以外の女性との恋愛ごっこは新鮮でした。しかし、こういったことに慣れていない僕はすぐにマミにバレてしまいました。 子供が寝静まった真夜中、テーブルを挟んで向かい合い、マミに浮気したことを洗いざらい打ち明けました。 魔が差した…二度としない…本当に申し訳ない! ありきたりな謝罪の言葉を並べ、頭を下げました。 不甲斐ない夫に呆れるか、怒り狂うか、ヒステリックに泣き喚くか…僕はマミの反応が気になりました。

しかし、マミは僕の予想とは異なる反応を見せたのです。 白い手で僕の手を包み込み、慈愛に満ちた目でじっと見つめ… 「いいのよ、カズマさん。謝らないで。あなたは悪くない。私、怒ってなどいないわ」 優しい声で、そう言ったのです。 信じられませんでした。何故、僕を許せるんだ… 冴えなくて、年収も低く、家事も育児も丸投げして…出会い系サイトで出会った若い女と浮気をするようなこの僕を…。 目を細めて、マミは笑いました。

「カズマさん、愛してるわ」 美しすぎる微笑みに、僕の体が粟立ちました。 理想のハイスペック妻を愛するどころか、この時僕は…心の底から怖くなったのです。

マミはその後も僕に尽くし、完璧に家事も育児も仕事もこなし、出世コースを邁進していきました。 僕の年収の倍を稼ぐようになり、僕との差は開くばかりです。 マミを見ていると、僕は自分が情けなくなります。 “ハイスペックな妻が欲しい” あの呪術に、効果はあったのでしょう。 確かに僕の願いは叶いました。 でも、この惨めさは生涯ついて回ると思います。 身の丈に合わないものを呪術で手に入れた代償…それにしては、重すぎる……。

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません。

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