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呪術師の誕生

呪い代行呪鬼会

[su_youtube url=”https://youtu.be/ZVuWsD6DPhw”]

数百年の歴史を持つ○○神社、○○神社はその名の通り“晴らす”ことにご利益があるとされている。 人には晴らしたいことがいくつかある。 天気、迷い、悩み、そして。 明治初期に名を改めるまでは怨みを晴らす、それが○○神社本来の役目だ。

大学生のA子は就活の前に社会経験を積むため全国チェーンのコーヒー店でバイトを始めた。初めてのバイトでなかなか仕事を覚えられなかったが、店長や先輩たちも優しく教えてくれた。初めてのバイトは充実していた。 しかし、ある日を境に状況は一変。バイトリーダーのB子からパワハラを受けるようになった。指示やアドバイスはなくなり、教えられていない業務を押し付けられた。罵倒され、無視や陰口もあった。 B子は男性スタッフの気を引くことがうまいタイプだった。仕事中、妙に距離が近かったり、さりげなく手や腕に触ることで意識させる。特に年下の店長C男(29歳)とバイトD男(28歳)とは仲の良さを隠すこともなく、不倫関係という噂もあった。B子はこの二人の男性と三人がかりでA子をいじめた。 それでもA子はこれも社会経験だと頑張ろうとした。見かねたベテランのパートが「すぐに辞めた方がいい」とアドバイスした。

実はB子は以前にも数人の女性スタッフを辞めさせていた。職場いじめの常習犯だったのだ。 アドバイスに従ってA子はすぐに店長に退職する意思を伝えた。しかし、店長は「急に辞めるのは無責任だ」「仕事ができないくせに店に損害まで与えるのか」などと恫喝。退職は認められなかった。さらに教育という名目でB子とD男と一緒のシフトに固定されパワハラを執拗に繰り返された。 やがてうつ病になり、人間恐怖症から引きこもりになり大学も中退した。人生を壊したB子を破滅させたい。

「―――以上のことから、相手を破滅させたいとのことです。いかがでしょうか」
山本は依頼者から依頼内容を詳細に聞き取りまとめた報告書を上役の高田に報告した。 〇〇神社への呪いの依頼は呪術機関である日本呪術研究呪鬼会の会員たちによりまとめられ各支部へとふりわけられる。 山本は呪鬼会の正会員となって早三年。呪術師の見習いのそのまた見習いとして現在は呪術師の身の回りの様々な雑用をこなしていた。

山本は生まれも育ちも普通の一般家庭で在り、特段霊感や霊能力があるというものではない。呪鬼会での修行を続けながら日中は会社員として働いている。 山本の上役である高田も同じく。呪術師としてすでに活躍中ではあるが生まれながら呪術師であったわけではない。きっかけは人それぞれであるが呪術の道に入ってから血のにじむような努力と研鑽を続けた結果、現在は呪鬼会の呪術師として依頼をこなしつつ、山本のような後進の育成にもあたっている。
高田「どう思う?この依頼?」
山本「そうですね…依頼者の気持ちはよくわかります。理不尽な扱いに加えて、相手への制裁のしようがない…依頼を受けてもいいかと思います」
高田「では、お前の中ではこの依頼には覚悟と正義がある、そう思っているか?」
山本「依頼内容を確認する際に、依頼者の方とお話をさせていただきました。落ち着いてお話されていましたが、端々に涙声も聞こえてきました。あれは心からの血の涙と思います」
高田「そうか…では、この依頼はお前がやってみてはどうか?」
山本「えっ?私が?まだ呪い代行の依頼を受けたことはありません」
高田「呪術を完遂させることに必要なこと、それは覚悟。魂を燃やす。私たち呪い代行を受ける者たちに必要なものは確かに経験や技術だ。しかしそれを超えるもの、それが気持ちだとは思わないか?何より、義のない呪いを誰かに代わって掛ける。これ以上、業の深いものはない。呪詛返しが起こる可能性がとても高いのが呪い代行だ。だがもしも依頼者の心に寄り添うことができるなら。それは代行、の枠を超えて呪詛返しなく呪いを完遂させることが可能だろう。お前次第だが」
山本は高田の言葉に耳を傾けながら心に問いかけた。答えは決まった。

それから数日がたち、呪いをかけるときが来た。 山本は自宅を出る前に身を清めた。高田に言われた最後の言葉を思い出しながら。
「いいか、必ず“呪い切れ”。忘れるな!」
深夜二時。丑三つ刻。山本は祭壇が祀られている間に足を入れた。 普段、呪術師が呪術を行う特別な間だ。見習いの山本にはその空気すら重たく感じる。 しかも今日はこの数々の呪術が取り仕切られてきたこの空間、緊張するなというが無理だろう。 窓のない正方形の狭い部屋に四方の壁には札が張られている。神札で結界を張ることで『常世』とつながる。狭くてもなぜか閉塞感はなく、入った途端にさっきまで聞こえていた風や動物たちの泣き声が消えた。

心を落ち着かせる。 呪術は呪術師それぞれに作法がある。山本は高田に指南を受けて高田の作法を真似る。 呪術師が弟子を取るとき、一度だけその呪術に立ち会わせる。そのたった一度で弟子は師匠の呪術を修めなければならない。 山本は高田の姿を頭に思いうかべながら高田自身になったかのように呪術を始めた。

部屋の中心、祭壇に向かって一礼し、座禅を組む。黙々とワラ人形を作る。 一束を胴体にして標的の髪の毛を包んだ和紙を入れる。もう一束を腕にして糸でたすき掛けのように胴体に結び付ける。三十分ほどかけてやや不細工ながらワラ人形ができあがった。 次に、ワラ人形を打つためのご神木と金槌を取り出した。ご神木として細めの幹を四十センチくらいに切った丸太だ。細いしめ縄が巻かれている。金槌には神札と同じような文字が描いてある。

山本は五寸釘と金槌を手にした。ひとつ深呼吸してからおもむろに釘を打つ。 コン……。 五寸釘がワラ人形の胸に突き刺さった。続けて金槌を振り下ろす。ワラ人形は釘に貫かれてご神木に打ち付けられる。 コン、コン、コン。 一打一打、少しずつ五寸釘がご神木へ埋まっていく。そのたびにワラ人形が揺れた。痛みに身をよじるようだった。 ワラ人形から釘の頭が五センチくらい出ているあたりで山本は金槌を置く。 初日の作業を終わりにした。

翌日の丑三つ時。丑の刻参りの二日目。 山本は昨夜と同じようにワラ人形に釘を打った。 十五センチあまりの長い釘とはいえ、たった一本だけである。 所要時間は数分で済んだ。 しかし、その疲労はまるで数時間のマラソンを終えたかのような重たく体にまとわりつくようなものだった。 そうして三日目、四日目が過ぎた。

蓄積された疲労は山本の体の限界をとうに超えており、精神面でかろうじて五日目を迎えることになった。
山本(このまま七日目を無事に終えることができるのだろうか…いや、こんな弱気じゃだめだ)

五日目の夜、疲労困憊の山本は体を引きずりながら祭壇の中央へ歩みを進める。 何が彼をそこまで摩耗させるのか。 丑の刻参りには呪文のようなものはない。標的を呪う気持ちをワラ人形へ注ぐ。力は込めず、怨みを込める。 コン……コン……コン……。 肉体的にはたった数分の作業である。しかし、そこに依頼者が今までに受けてきた境遇、不遇、これを一身に受けて、それをはねのける。 念を込めなければこれほど楽な作業はないだろう。それゆえに本物の呪術師たちが一線で活躍できる時間はとても短いのだ。

山本もかつての職場でパワハラを受けて呪い代行に頼ったことがある。だからA子の怨みは共感できる。前の職場では半年で退職に追い込まれた。 A子への怨みの代行であることは当然であるが、いつしか自分を退職に追い込んだあの憎い上司の顔も浮かんできた。 こいつさえいなければいいのに。 急に釘を打つ金槌が軽くなったように感じた。 「ん?」 カツーン、カツーン。 音が変わった。高く澄んだような通る音になった。

ふと『呪具』という言葉が頭に浮かんだ。金槌とワラ人形、ご神木、四方を囲む神札。心に渦巻く依頼者と代行者の怨嗟を共鳴させて増加させるという。 山本はこの日は疲労感が少し和らいだ気がした。

丑の刻参りの六日目。 山本は標的のB子を強く意識しながら釘を打つことにした。自分を退職に追い込んだ例の上司を思い浮かべてしまうと呪いの勢いがそれてしまうように感じたからだ。 釘を打っていると次第に妙な感覚にとり憑かれていった。ワラ人形と釘を凝視しながら、脳裏には見たことのないはずの標的の顔が浮かんでくる。 カーーーン、カーーーン。 五寸釘を打つ金槌の音色は高く澄み切っていた。 怨嗟の念が金槌で増幅され、打ちつけた釘へ伝播し、標的の依り代であるワラ人形へ注ぎ込まれ、ご神木を経由して常世へ解き放たれ、万里を駆け抜け標的に突き刺さる。映像で見ているかのように感じられた。 釘を打ち終わった時、山本は強いめまいに襲われた。連日の呪術による疲れだけではないように感じた。

丑の刻参りの七日目。最終日。 昨夜の妙な感覚は引き続き残っていた。最後の五寸釘を一心不乱に打つ。 ふと、この七本目の釘を打ち終わったらどうなるのか。標的のあの怨めしいB子を殺せるのか。殺してしまうのか。悦びと恐怖。A子の怨みを晴らせる。でもやめようか。途中でやめたら行き場を失った呪いが自分へ返ってくる?ぐるぐると頭と目が回った。 『呪い切れ』 師匠の高田の言葉を思い出した。呪い切らなければ何か良くないことが起こる。根拠はない。 でも確信があった。迷うな。あとひと打ち。これで最後だ。呪い切れ! カーーーーーン! ひと際研ぎ澄まされた音が響き渡る。 しかし何も起こらない。 (失敗……したの……か……?) 山本は意識を失った。

目が覚めたのは翌朝、ベッドの上だった。 一ヶ月後。依頼者より呪い代行の報告があった。 A子によると、本社にB子のパワハラが発覚し、B子はリーダーを解任され、バイトD男と共に厳重注意。店長C男は降格して転勤。後任の女性店長からB子は要注意スタッフとして厳しく監視される。職場での影響力は失墜、他のスタッフから嫌悪され孤独となった、とのことだった。
山本「……これだけですか?」
高田「そのようだね。まさか呪い殺せると思っていたのか?」
山本「それはそうですけど」
高田「この主婦はね、バイト先での地位にとてもこだわっていたみたいだな」
山本「たかがバイトのリーダーですよ?」
高田「B子は早くに結婚して家庭に入ったせいで仕事に劣等感を持っていたみたいだ。だから初めて仕事で認められてリーダーとして人の上に立って嬉しかったんだろう。それを失ったのはB子にとって大きなショックなんだよ」
山本「でもパワハラが発覚したのは呪いの効果じゃなくて偶然では?」
高田「必然だよ。一つの原因からいくつかの結果へ分岐する道があって、呪いで悪い分岐へ導いたんだ。パワハラなんか会社が認めない方が多いだろう?」
山本「では本当に私の呪いが…」

山本は自分が退職した時のことを思い出した。高田は優しくと笑う。
「これでお前も呪術師として一歩踏み出したってことだな」
―――数日後、依頼主A子から返信が届いた。 短く一行だけ“ありがとう”と。文末には笑顔の顔文字が添えられている。 山本の頬はわずかに緩んだ。

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません。

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