1. HOME
  2. ブログ
  3. 呪い代行物語
  4. 指切り

指切り

呪い代行呪鬼会

[su_youtube url=”https://youtu.be/8ZN4DuL1ISw”]

指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ーます指切った。 子供の頃に一度は聞いた事はあるであろう、指切りげんまんという童謡が数日前からずっと頭の中で流れ続けている。 それはまるで、昔聞いたCMソングをふと思い出してなかなか脳裏を離れてくれない感覚に似ているが、それが何日にも渡って続いているとなると話は変わってくる。 指切りげんまんの内容もあるが、まるで嘘をついていると指摘され続ける感覚は不快感極まりなく、私は仕事も手が付かない始末だった。

何故指切りげんまんなのかも分からない。 例えば、最近指切りげんまんを聞いたのであれば納得のしようもあるが、私は指切りげんまんの存在すら忘れていたにも関わらず唐突に始まった。 夜も眠れずに耐えきれなくなった私は精神科を訪ねる事にした。
「ほぅ、指切りげんまんがずっと頭の中で再生されているとの事ですね」 事前のアンケートに目を落としながら、精神科の先生は眼鏡の奥から興味深そうな瞳で私を覗く。
「はい。もう一週間近く頭の中で再生されていて、今も聞こえています。そのせいで私は夜も眠れません」
「分かりました、ではこちらに横になってください」 私は先生に言われる通り、診察室にあるベッドで横になる。
「では、ゆっくりと三秒数えるので数え終わったらゆっくりと目を閉じてください」 先生が三から一に向かい順番に数える。 その間も私の脳内には指切りげんまんが何度も何度もリピートされる。 先生の指示通り、先生が数を数え終わった後に私は瞼を閉じた。

しかし、指切りげんまんのせいでゆっくりではなく強引に閉じた。 しばらくすると、先生から上半身を起こすよう指示を受けて私は身体を起こす。
「如何でしょう?まだ、指切りげんまんは聞こえますか?」
「……はい。まだ聞こえます」 先生を目を伏せてしばらく考え込んだ後。
「分かりました。この症状は精神的な病気ではありません」
「病気では無いとは、どういう事でしょう?」
「病気では無く、貴方は呪いを掛けられているのです」

私は精神科の先生の口から『呪い』という単語が出た事に若干の驚きと戸惑いを感じた。 真剣に悩んでいるにも関わらず、原因不明だから呪いと片付けられてしまってはあまりに救われない。
「急に呪いと言われても、信じられないのも無理はありません。しかしですね、こじつけ気味に適当な病名を付けるよりも呪いという方が今回のケースは納得がいくのです」
「私は呪いと言われてもやはり納得出来ないのです。何故、呪いだと思われたのか説明して頂けますか?」
「私も貴方と同じように呪いなどという非科学的な現象を信じていませんでした。しかし、私はこの仕事を続けていくうちに、精神病では説明が付かない患者に多く出会ってきました。それはまるで、呪いと呼ばれる現象だったのです。貴方の場合もまさにそうです。更に付け加えるのであれば、貴方はテレビなどにもよく出演される程の名の通った資産家ではありませんか。古来より多くの富を持つ者は妬みの対象になりやすいのです」

つまり、私が資産家だから身に覚えのない誰かに呪いを掛けられた結果として、延々と指切りげんまんが頭の中で流れ続けているらしい。
「分かりました。仮に先生の仰る通り、この症状が誰かに掛けられた呪いによるものだとして私はどのように対処すればいいのでしょうか?先生の元に訪れた過去に診察された患者の方に先生はどのような解決策を提案されているのですか?」 精神科の先生は、デスクからタブレットを取り出して私に手渡した。 手渡されたタブレットには精神科とは無関係なホームページが表示されていた。
「日本呪術研究呪鬼会……これは一体なんの冗談でしょうか?」 思わず怒気の含んだ声で私は先生を問い詰める。
「怪訝に思われるのも無理はありません。しかし、精神的な病には精神科へ行くように、呪いについては呪いの専門家を頼るのが一番確実な解決策なのです」

日本呪術研究呪鬼会と表示されたホームページには連絡先や無料相談の電話番号が記されている。 確かに私が今抱えている症状は呪いじみているが、まさかこんな胡散臭い業者を斡旋されるとは予想だった。 私は先生に頭を下げると、精神科を後にし、すぐに無料相談の電話番号にかけた。 そして、一番近くの支部の住所を聞き出し貴重な休日を無駄にしないために私は精神科から一時間ほど離れた場所にあった日本呪術研究呪鬼会の支部に直接向かう。

教えられた住所に到着すると、そこには古ぼけた三階建てのビルが建っていた。 興味本位な来客を避ける為か、事務所は3Fにあるらしいが外観には看板らしきものは付いていない。 古ぼけたビルの階段を上り、私は3Fにある呪鬼会支部のドアをノックする。 「…………」 しばらく待ったが、中から返事はなく人が居る気配もない。 まさか今日は休みなのだろうか。 ダメ押しにもう一度ドアをノックしてしばらく待つ。 すると、ドアの向こう側から物音が聞こえた気がした。
「すみません!〇〇精神科の先生からこちらを紹介されて来た者です」 ドア越しに聞こえるように少し大きな声で呼びかけると、しばらくしてから錠を外す音と共に重たいドアが開いた。

ドアの隙間から姿を現した人物は、白いカッターシャツをネクタイもせずにだらしなく着崩した細身の中年男性。 私は男性の風貌を一目見た瞬間、本当にこの男を頼っても良いのだろうかと一抹な不安と共に詐欺の可能性が脳裏を過った。 しかし、現状の私にとってこの奇病から解放される唯一の可能性がこの男性なのだ。 この男性を見限るのは話を聞いてからでも遅くは無いだろう。
「……あの、どういったご用件でしょうか?」 気怠そうな男性に私は玄関口で事情を説明した。 すると、男性はドアを開き中へ入るように私を招いた。 事務所の中はかなり簡素な空間で、商談用のテーブルとソファーしかなかった。 男性以外のスタッフは居ないようで、私と向かい合わせに座った男性は一枚の名刺を取り出して私の前に置いた。
「僕は古市と申します」 古市康生(ふるいちこうせい)と書かれた名刺には、日本呪術研究呪鬼会呪術師の文字も記されていた。
「お話を伺ったところ、貴方はとても厄介な呪いを掛けられているようですが、何か呪いを掛けられる事になった心当たりなどありませんか?」
「それはこの症状を治すに当たって必要な情報なのでしょうか?」
「分かりません。ですが、教えて頂けませんかね?」 気怠そうに言う古市に私は腹が立ったが、怒りに任せてここで帰ってしまっては元も子も無いのだ。
「プライベートな内容になりますので、私の心当たりについては簡潔にお話します」
「ええ、簡潔で構いませんのでお願いします」 一つ深いため息をした私は、この指切りげんまんが脳内に響き始めるほんの一週間程前に起きたいざこざについて語る。
「私には婚約者が居たのですが、私が一方的にその婚約を破棄したのです」
「何故、婚約破棄されたんですか?」
「それも必要な情報ですか?」
「分かりません」 あっけらかんと言う古市に私は短く舌打ちをして理由を話す。
「原因は私の浮気です。婚約していた女性とは別の女性を愛していたのです」
「それは実に恨まれそうな事をしましたね」
「ですが、私は彼女が私に呪いを掛けたとは考えていません」
「何故ですか?」
「彼女も別の男と浮気をしていたのを知っているからです。自分も浮気しておいて、浮気を理由に人を呪うなど筋が通らないではないですか」
「僕は女性という物をあまり知りませんが、人間とは筋の通らない生き物ですよ」
笑顔でそう言う古市の言葉は私に一切響かなかった。

こんな大した人生経験を積んでいない人間に、一体私の何が分かると言うか。 やはり、この古市という人間は頼るに値しない。
「彼女は私に呪いを掛けたりしない。そもそもこの奇病が呪いだという非科学的なものだというのも私は半信半疑だった。それらを見抜けない君じゃ力不足だ。私はもう失礼する」 ソファーから腰を上げた私を古市は手の平を見せて静止させた。
「僕なら貴方の頭の中に流れている指切りげんまんを止められますが、帰ってしまうんですか?」 私は一度上げた腰を再びソファーに下して腕を組む。
「それは、本当ですか?」
「もちろんです。解呪も僕の仕事ですので」 にわかには信じがたいが、こうも自信満々に言うからには目の前に座るこの男は確信があるんだろう。
「解呪をする前に報酬についてお話します。前金として五十万、そして成功報酬にはもう五十万です」

つまり、私がこの呪いを解呪するには合計百万要求されている。 解呪の相場というものを知ってからここに来るべきだったと後悔しながらも、私はこの提案を受けざるを得ない。 何故なら、私は一週間後に大事な商談を控えているからだ。 それに私は現在会社を経営しており、百万円という金額は払えない額ではない。 しかし、突然の出費としてはかなり大きい金額である事は言うまでもない。 古市に金額を提示された私はしばらく考え込んだ後、首を縦に振った。
「では、契約は成立ですね。僕は解呪の準備をしますので、今日中にこの口座に五十万円を振り込んでください」 そう言って手渡された一枚の用紙を手に私は古市の事務所を後にした。

翌日。 私は古市に呼び出されて、とある病院に向かった。 その病院は市内では一番大きい市民病院であり、何故病院なのかという説明は無かった。 夜の病院であれば、呪いと関係深そうだが真昼の病院ではあまりに迫力が無い。 病院の受付に古市の名前を出すと、手術室らしき部屋に案内された。 手術室の中には古市ともう一人、医師らしき男が待っていた。
「お待ちしてました。時間通りにお越し頂きありがとうございます」 古市に会釈すると、隣の医師も私に自己紹介を始める。
「初めまして。私は当病院の医院長をしております、松田と申します」
「松田様は、何故古市様と一緒に待っていたのですか?」
「事情を聴いておられませんか?」
「待って下さい松田医院長、それは僕からお話します。今回の呪いを解呪するには祈祷やお札なんて幼稚な方法では不可能なんです。なので、松田医院長にお越し頂きました」

古市の要領を得ない話し方に私は問い詰める。
「すみません。話が見えてこないのですが……」
「今現在、貴方に掛けられている呪いは脳内に指切りげんまんが流れ続けているんですよね?その呪いは代償を支払って掛けられたものなので、呪いを解くときには同じ代償を払わなければいけません」
「その代償とは、一体なんですか?」 代償という言葉と執刀医が揃うこの状況に私は悪寒が走る。
「そのまんまですよ。この呪いは指を切り落として掛けられたものなので、松田医院長に貴方の指を切断、その後直ぐに縫い合わせてもらいます。切断後直ぐに縫合するので、あまり傷跡も目立たないと思います」
「ふざけるな!何の根拠も無いのに指を切り落とされてたまるか!!」 怒鳴る私に古市は慣れているのか一切動じない。
「もし、仮に貴方の呪いが指を切断しても治まらなかった場合、僕の指を全て切り落としても構いません。本気で呪いを解呪したいのであれば、覚悟を決めてください」

真剣な顔で言う古市の言葉に私は小一時間程悩んだ結果、私は指を切断する決断をした。 しっかりと麻酔をしてもらう事を条件に、私は左手に麻酔を掛けられた。 自分の指が切断される様を見たくない為、目隠しをしてもらった。 視界を閉ざされた暗黒の中で鳴り響く指切りげんまん。 ようやくこの呪いが無くなると思うと、まるで現在大学卒業後に大手企業へ内定が決まった時のような解放感に満たされた。

指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ーます指切った。
指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ーます指切った。
指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ーます指切った。
指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ーます指切った。
指切りげんまん嘘ついたら針千。

確実に麻酔が効くまで待ってくれているのか、しばらく暗闇が続いた後に突如として頭の中で鳴り続けていた指切りげんまんの歌が止まった。 つまり、古市の解呪方法は正しかった。 そして現在私の小指が切断された事の二つを同時に証明した。 指切りげんまんが鳴りやみ、その後しばらく私は意識を失っていた。 そして気が付くと私は病院のベッドの上に居た。 既に縫合手術も終わっており、左手には大袈裟な包帯が巻かれている。 左を見ると、そこには古市の姿があった。
「頭金の五十万のお振込みは確認してますので、残り五十万の振り込みをお待ちしてますね」

それだけ言い残すと古市は私の結果報告も聞かず病室を後にした。 やはり、古市にはこの解呪方法であれば必ず解呪出来るという確信があったのだろう。 どんな事もプロに任せれば間違い無いと私は今回の出来事を通じて、改めて痛感した。 最後に私は確認したい事があった。 それは、誰が私にこんな厄介な呪いを掛けたのかという事だ。 古市は私の元婚約者である女性を疑っていたが、そんなはずはない。 それを確認するために私は彼女に電話を掛けてこの病室に呼び出した。

古市の呪いの解呪方法が正しかったという事は、呪いを掛けた方法も古市の言う通りだという事だ。 つまり、もし彼女が私に呪いを掛けたのであれば彼女の左手小指には縫合跡があるはずなのだ。 彼女が来るまで、再び眠りにつく。 突如、万力のような強い力で首を絞められ私の意識は覚醒する。

目を開けるとそこには私の首を絞める彼女の鬼のような形相があった。 そうか、彼女は私の包帯が左手に巻かれている事に対して真っ先にこう考えたのだろう。 私が彼女に呪いを掛けたのだと――。

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません。

関連記事