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運命の赤い糸

呪い代行呪鬼会

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運命の赤い糸が存在するのならきっと、私の糸は酷く濁っているのだろう。 高校生にもなって初めて、同じクラスの特に目立たない宇都木君を好きになった。授業中に消しゴムを貸してくれたとか、よく読む小説家が一緒だとか、理由は些細だったと思う。 気付けば授業中も目で追いかけていたし、他の女子と話しているだけで嫉妬する。 今も同級生の友里が隣で笑い合っているだけで心が苦しくなった。

理科室はどこか陰気くさくて、その雰囲気と相まってか心の許容量を小さくさせた。 ふと、友里と目が合うと宇都木君に手を振って私の方に近付いてくる。
「どうしたの?」
「何か宇都木くんと仲良く話してるなと思って」
「あー、嫉妬しちゃった?」
「……べつに」 とは言うものの、もちろん良い気はしない。
「なんもないよ。あたしの好きな漫画を読んでたからさ」
「宇都木君って友里から見てどう思う?」
「うーん。いつも一人ぼっちでなんか暗い感じがするよね」
「そっかぁ。そうだよね」 私もなんで好きになったのかわからないし、なんなら本当に好きなのか自信がない。
「それよりさぁ、私の彼氏が最近冷たいんだよねぇ。乗り換えちゃおうかな」 聞いてもいない話を振られて、辟易しながら実験器具を整理する。
「馬鹿なこと言ってないで私のバッグ持ってって。これ片付けてくるから」
「はーい。ありがとー」

鼻歌交じりにバッグを受け取った友里を尻目に、直接繋がった理科準備室のドアを開けると、まだ夕方だというのに暗闇に包まれていた。ひんやりとした冷気と奥の人体模型が気になって身震いする。さっきまでの生徒達の喧噪が嘘のように静まり返っていた。 ビーカーやフラスコを元の位置に戻して、さっさと部屋から出ようとしたとき、 「いらっしゃい」 と、心に浸食するようなざわつきを背中に受ける。 苛立ちと静謐さを伴った声だった。 振り向くとそこには狐のお面を被って、絵羽模様の和服を纏った青年が立っていた。

「……誰?」 こんな生徒?先生?ウチの高校にいたかなと訝しむ。 というか、ここ理科準備室だよね。
「俺は澪。呪い代行『呪鬼会』の一員だ」
「呪い代行呪鬼会?」 聞いたことのない名前に戸惑っていると、手振りだけで椅子に座ることを促される。 おずおずとしながらも青年から目を離さずに座った。 「代わりに呪いをかけてくれる、ってことですか?」 こんな不気味なところに長居なんてしたくないのに、なぜだか興味を惹いてしまう。
「それは呪いの内容にもよるな」

澪さんと名乗る青年が人差し指、中指、薬指の三本を立てる。
「一つ、依頼者の代わりに呪いを実行する。二つ、依頼者が呪いの概念を体現する。三つ、呪いを物に肩代わりさせる。一口に代行と言ってもその性質は様々なんだ」 私には難しい話で頷くことさえもためらわれた。戸惑っているのを察したのか、澪さんが「まぁ、少しずつ『呪い』に関して擦り合わせていこう」とため息を吐く。
「はぁ……」
「お前は呪いに対してどんなイメージがあるんだ」
「呪い。ですか?」 言われて、しばらく逡巡する。
「それは、五寸釘で藁人形を刺したり?髪の毛を日本人形に詰めたり?」
「それが一般的なイメージの呪いだな。三つ目『呪いを物に肩代わりさせる』方法」
「他にもあるんですか?」 こっくりさんが頭をかすめるけど、あれも澪さんの言う三つ目なのだろうか。
「例えば、悪口。あれも一種の『呪い』で、呪い代行でもある」
「悪口……」
「概念の話だ。感じ取るものだから無理に理解しなくていい」 理解したくもないけど。それでも『呪い』という響きが心のどこかに纏わりつく。
「それで、お前は二人の仲をどうしたいんだ?」
「二人?」 真っ白だったホワイトボートにどこからか写真が貼られて、自然と文字が書き込まれていく。
「お前はこの男を好いている。だけど最近、お前の友人と仲が良いのを気にかけている。なんてことはない。高校生にはよくある色恋沙汰だな」 目の前の不思議な光景に驚き、そして、自分の等身大の悩みを『高校生にはよくある色恋沙汰』なんて軽く括られてむっとした。
「確かに、まぁ、あまり仲良くはしてもらいたくないですけど……」
「つまりお前は二人の仲を引き裂きたくて呪いをかけたいわけか」
「いや、たまたま迷い込んだだけですし、呪いなんて、そんな……ねぇ」 非科学的なもの。と喉元まで言葉が出かかった。
「迷い込んだ?違う。お前はここに『導かれた』んだよ」 導かれたって、私は器具を片付けるために理科準備室に立ち寄っただけだ。
「呪鬼会の呪術師と巡り合った時点で『呪い』は成立されている」
「は?」
「俺が『呪い』を代行してもいい。けれど――」 澪さんが私の目をジッと捉える。鷹に睨まれた小鳥のように萎縮してしまう。
「お前自身が制裁を加えたいなら、呪いをかければいい」
「べつに私は――」 なぜかその続きが喉で引っかかる。私の無言を肯定と受け取ってか、澪さんが話を進めた。
「そうだな。お前がかけるべき『呪い』は……、嫉妬の『可視化』だ」
「嫉妬?」 それに可視化って……なんのことだろう。
「こっちにおいで」 澪さんの苛立ちと静謐さを伴った声が、私に催眠術でもかけたように席を立たせる。 ふらふらとした足取りで近寄ると、澪さんの両手が私の両目を覆った。

じわぁ、とした熱量が目の奥に浸食してくる。
「もう目を開けてもいいぞ」 不鮮明となっていた視界に少しずつ色を取り戻していく。
「あの……」 特に変わったこともなく目の奥がじんわりとするだけだった。
「『呪い』は遅くても数日後に発現する。さぁ、今日はもう帰っていい」 言われてしばらく戸惑ったけど、早くここから出たい気持ちも大いにあった。 席を立ってドアの前まで移動する。
「ありがとうございました」 自分でも何がありがとうございましたなのかわからないけど。 でも。なんだか、 「呪いってもっと人を不幸にしたりするイメージですけど、こんなのただの恋愛話ですよね」 居心地が悪くなって俯きながらドアを閉める。 そのとき、 「そんなことはない。恋は呪いだよ」と背中に言葉を受けた。

理科準備室から教室に戻って一息つく。 呪い。と、声には出さないで頭の中で反芻する。 全てが夢のようだった。理科準備室では少なくとも十分は話していたのに、時計を確認してみるとものの数分しか経っていないのだ。異質な空間故に、もうそれはそういうものなのだと割り切ることができた。慣れたわけではないけど驚きの連続で麻痺しているのかもしれない。 だけど、 「……え?」 目を閉じて、深呼吸をして、再び目を開けると教室中が糸だらけになっていた。

よくよく見てみると糸は同級生の指から伸びている。 疲れているのかと思って目を数回こすってみても糸が消えることはなかった。 水色、紫色、橙色と様々な色をしている糸は生徒と生徒同士の指を繋ぐ。
「ゴミでも入った?」 隣の席の友里が「あんまり掻いちゃ駄目だよ」と心配してくれる。
「ううん。そうじゃなくて――」 ふと、私の人差し指と友里の人差し指が黄色の糸で繋がれていることに気付く。
「友里、なんだろこれ」 人差し指同士で繋がった糸を目の前に持ってくる。
「なにって、……なに?」
「いや、この糸……」 周りを見てさらに驚く。誰も糸のことなんか気にしないで過ごしているのだ。 この糸はきっと、私の目にしか映っていない。
「その……、なんでもないや」
「ふーん。変なの」 確かに今の私の目は変だ。変なのは目なのか頭なのか。 友里の小指からは臙脂色の糸が伸びて彼氏の小指と繋がっていた。

しばらくその意味を考えて逡巡する。 …………あぁ、そっか。 生徒同士で繋がった鶯色の糸を思って納得する。 腐れ縁なら若葉色。恨みを持つ相手なら群青色。尊敬を抱く人なら黄土色といった具合に、その人との関係性を表しているのだ。となると私と友里を繋ぐ黄色の糸は幼なじみを表していて、友里と彼氏を繋ぐ臙脂色の糸は好きな人を意味するらしい。 これが澪さんの語る『可視化』の呪い? 人と人との関係が色の付いた糸で確認できる。それになんの意味があるというのだろうか。

繋がった糸を眺めていると、目の奥がズキン、と痛んだ。 私の視界に糸が映るようになって、どれくらいが経つだろう。 最初こそ戸惑いはしたけれど、今となっては意外と面白いものだった。 今や私の世界は、人の思いや関係が糸によって可視化される。 世間では『運命の赤い糸』なんて比喩されるけど、実際には地味な臙脂色だ。 愛の色が臙脂色だなんて情緒も夢もない。初めて見たときは悲しかったけど、愛だの恋だのは意外とそんなものなのかもしれない。でも、『そんなもの』のために、私は呪いを受けた。 左目を優しく押さえる。愛しい熱量がそこに広がった。

澪さんは『呪い』だなんて言ってたけど、私にとっては幸せな贈り物である。 友人関係である鶯色が灰色に変わったら他人になった合図だ。 相手が嫌がっていないか、喜んでいるのか感情の確認ができるし、何より、大物俳優と女優が不倫しているという意外な事実も知ることができる。人間関係の可視化ができるということは、感情表現の難しくなった現代ではすごく便利な力だ。とても『呪い』とは思えない。

今日も糸の絡まる街を散歩する。見たことのない色を見つけると期待に胸が膨らむ。 萌黄色は何を示すのか。人以外と繋がることもあるのか。糸は日に日に増していった。 さらに不思議なことに、私が意識すると糸に触れることができるのだ。 だけど引っ張ってみても別に人が引っ張られるということはなく、ただただ糸が伸びていくだけである。こうして糸で遊ぶ光景は他の人にどう見えているのだろう。 『可視化』を手に入れたからというものの、私は宇都木君の指ばかりに注目していた。 嫌われないように、好かれるように。私と宇都木君の指が臙脂色で繋がる日が来るように。

指ばかりを注視して、顔すら忘れてしまうくらいに糸を見つめていた。 そうこうしている間に一ヶ月ほどが経ったころ、私の視界に新たな変化が訪れる。 私を含め全ての人に赤色の糸が結び付いているのだ。今までで初めて見る色に驚きながら色の意味を探る。友人、家族、性別、年齢。間柄も何もかも違う人達にも共通して同じ色なのだ。 全人類に共通する関係性なんてあるのだろうか。 しかし、その答えはあっけない形で知ることになった。

祖父が亡くなった際、中指から繋がる赤い糸がすぅっと消えていくのを捉える。 なんてことはない。生きている人間なら誰もが繋がっている共通点『死』だ。 糸の先は死神と繋がっているのか。『呪い』が実在する以上ありえない話じゃない。 ふと、彼氏の体に寄り添いながら嬉しそうに歩く友里を遠くに捉える。 しばらく友里を眺めていると、小指から二本目の臙脂色の糸が伸びていることに気付く。

あんなの、少し前にはなかったのに。なんとなく、友里から伸びる糸を辿ってみることにした。 好きな人同士が繋がる糸が臙脂色だ。それが、二本。 まさか。と、心臓がぐちゃぐちゃ、ぐちゃぐちゃと不安になる。 辿る。辿る。辿る。辿る。辿る。 辿った。
「…………え」 宇都木君だ。私の好きな男の子。小指を見ると確かに臙脂色の糸が繋がっている。 そっか。そうなんだ。と、悲しくなる。 私の好きな人は、私の嫌いな人が好きなんだ。 友里に彼氏がいることを宇都木君は知っているのか。

……ううん。知っているわけがない。 知っていたら彼氏持ちの友里と付き合うはずがない。 ……と、思い込む。 学校でも外でもどこでも、一日中ずっと彼氏と一緒にいる友里だ。 それを知っている上で、宇都木君は友里と付き合っている。 辺りを見回すと、幾重にも張り巡らされた様々な糸の色が両目を刺激した。 糸だらけの街で絡まっては苦しくなる。心臓とは違う部分がずくずくと痛む。

もし、糸を切ってしまえば、二人の関係性も切れるのだろうか。 生命線が切れると、人は死んでしまうのだろうか。 そんなことしても、私と宇都木君の小指が繋がるはずもないのに。 ふと、私の中指から伸びる赤い糸が見えた。 この生命線を切ってしまえば、こんな苦しみから解放されるのだろうか。 それとも、友里の赤い糸を切ってしまえば、友里は―― 宇都木君の小指から伸びる臙脂色の糸と、私の中指から伸びる赤い糸を見比べる。 そして、友里の生命線。 見比べて、化粧ポーチから爪切りを取り出す。

『恋は呪いだよ』 聞こえるはずのない澪さんの言葉が、確かに私の頭の中を駆け回る。 繋がった糸を、私は、少し戸惑ったあとに、切った。 切れた。……あ、――

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません。

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