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呪いをかけたのは誰?

呪い代行呪鬼会

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私は坂本孝子。商社のOLをやっている。やっていたというのが正確だ。 異変は数週間前から起こっていた。 まず、体調が悪くなった。体がダルくなり、何度も嘔吐を繰り返した。夜も寝られない。最初はストレスかなと思ったが、病院を転々としても原因はわからなかった。 異変はそれだけではない。夜、寝られないながらもようやくウトウトし始めると誰かが部屋の中にいる気配を感じる。目をつむると、確かに誰かが私を覗き込む。生臭い息づかいでそれがわかるのだ。心霊現象か?怖い! さらに異変は続いた。

信号待ちで横断歩道に立っていると、何かに押されて道路に飛び出して車に轢かれそうになったり、気がつくと警報のなる遮断機をくぐり線路まで行こうとした自分がいた。幸いどちらも居合わせた歩行者に止められて事なきを得ているが、得体のしれない恐怖におびえ、仕事ができる状態ではなくなってしまった。

周囲からも「孝子ちゃん、おかしいよ。ノイローゼになっているみたい」と囁かれ、私はとうとう会社を辞めることにした。 会社を辞めて数日後、気分転換を兼ね、私は体調を整えるために一週間ほど父母のいる田舎で過ごすことにした。 田舎への交通手段は比較的料金が安い深夜バスを使うことにした。夜出発すれば翌朝には着く。 乗客はほとんどいなかった。私は誰も座っていない最後部座席に座った。目的地までは直通だが、トイレ休憩のために道の駅やサービスエリアには何度か停車してくれる。 深夜のせいか行きかう車もほとんどない静かだ。

時おり対向車とすれ違うくらいで、エンジン音だけが響く。バスは暗がりの道を進む。ただ、ワゴン車が一台、先ほどからずっと後方を走っている。ついて来てる?まさか。あのワゴン車もバスと同じ行く先なのだろうか。 二つ目のトイレ休憩を終え、バスはまた走り出した。ところが、座席に座ると、さっきまでは居なかった女の人が後部座席に座っていた。

あちゃー、一人占めしていた席だったのに。でもこんなにすいているのに、なんでわざわざ私の隣に?今までどこに座っていた人なんだろう。 女の人は見たところ40歳前後。私が座ろうとすると、軽く会釈してくれた。悪い人ではなさそうだ。 バスが十分ほど走ったところで、その女性が私に話しかけてきた。
「どちらまで?」
「終点の山本駅までです。実家の吹石村に行くところなので」 女性は「あら、そう」と言ってまま前を見ている。 私は「あなたはどちらへ?」お聞き返すと「そこまで」と答えた。 そこまでって…?どこまでなんだ…。

それからちょっと間を置いて、女性は再びこちらを向いて私にささやいた。
「ねえ、次の休憩のサービスエリアで一緒に降りましょう」 私はびっくりした。目的地の途中で降りるなんて。しかも見も知らぬ相手と。これはあまりにも無茶な提案だ。
「いや…いいです。私は終点まで…」 私はそう答えた。すると、その人はこれまでにないほどの強い口調で言い放った。
「このままバスに乗ってたらダメ。そうでないと…」
「え?」
「そうでないと…あなた、死ぬわよ」 休憩を終えたバスは走り去った。
「あなた、死ぬわよ」 あまりにもショッキングな一言だった。私は恐怖心で動けなくなっていた。 そこへ一台の車が近づいてきた。それはバスの後ろを走っていた例のワゴン車だった。運転手が人なつこそうな笑みを私に向けた。私たちを乗せた車は走り出した。
「これからどこへ?」と不安な思いで聞くと、女の人は 「とりあえず私たちの村へ。そこに会社があるから。ま、互助会みたいなものなんだけど」

車は闇夜を進む。車に乗りながら、その女の人とはいろいろ話した。 彼女の名前は戸隠涼香(とがくしりょうか)。 たまたまバスの後方を走っていたら、バスからただならぬ妖気を感じたからバスに乗り込んだのだと言う。放っておけなくて。そして私を見つけた。
「涼香さんて、もしかして霊能力みたいなのをお持ちの方なんですか?」
「まあ、そんなところ。とにかく悪いようにはしないから、最近の様子を詳しく聞かせてもらえる?」
「あ、はい」 それから私は体調に変化があったことをなるべく詳細に話した。話を聞き終わった涼香さんはしばらく黙っていたが、ふいに、 「それ、あなたは呪われているわね」

ええええ!? 「呪われているって、そんな…。誰に…」
「誰にって、そこまではわからないけど、確かに誰かの悪意に引き寄せられている。死をもって償わせたいほどの悪意にね」
「…なんで私が」 私には何がなんだかわからなかった。涼香さんは私に優しく微笑んだ。
「結界を張っておいたから、今日はひとまず大丈夫。とりあえず私の部屋に泊まって。ゆっくり休んでね」 長い夜が明けた。久しぶりに存分に寝られた気がした。
「あら、目が覚めた?ゆっくり寝られたようでよかった」 涼香さんはすでに起きていて、私に熱い珈琲を淹れてくれた。珈琲をすする私に涼香さんは、「ちょとこれ見て」とスマホのネット記事を見せてくれた。
「え?」
昨日の深夜、新宿発山本行きの直通バスが県境のトンネル内で後ろを走っていたトラックに追突され、後部座席が大破する事故が起こりました。幸い後部座席には乗客はなく、怪我人は出なかった模様です。この事故で国道36号線は全面通行止めになり…。 ええ!?これは…私が乗っていたバス…。
「ほらね、孝子さん、言った通りでしょ。あなたがあのまま後部座席に乗っていたら今頃は…」

涼香さんの話を聞き、私はゾッとした。本当にあのままバスに乗って行ったら命はなかったかもしれない…。 その後、涼香さんから異変が起こる直前に誰からか何かを貰わなかったかと聞かれた。そこに呪いの何かが仕込まれている可能性があると。が、何も貰った覚えはない。
「うーん。だとすると、呪い代行を使っているかも」
「呪い代行?」
「そう。呪いの郵便配達みたいな役目をする商売。そのために、あなたの愛用品とか髪の毛とか手に入れないといけないんだけど…。そういうことができるのは…」 「会社の人くらいしかいませんね…」
「本当に呪いの張本人がわかれば呪詛返しができるんだけど」
「呪詛返し?」
「呪いをそのまま送り返す方法よ。でも呪いの確たる証拠がなければ駄目だし、呪い元の相手が特定できないと…。とにかく誰が呪いをかけたかよく考えてみて」

涼香さんからそう言われて呪い元が誰なのか考えた。会社関係のの人間であることは間違いない。考えられるのは…。 ちょっとつきあい始めた男性の元カノ。私が元カノから奪い取ったわけではなく、完全に二人の関係が切れてからのつきあいなのだが、それでも恨まれる可能性はある。

次に上司。いろいろとパワハラ、セクハラを仕掛けられた。そのときけっこう本気で怒ったから逆恨みされていることも考えられる。 それと、同僚の女子社員。一方的にライバル視されて挑戦的で言い争いをしたこともあったから、それかも。

毎朝来るお掃除のおばちゃん。挨拶されても、こっちは忙しかったから無視してしまうこともあった。まさかその人が…。 それとも…あの転職組の男性社員か。書類の不備を見つけてあげたのに、感謝するどころか面前で恥をかかされたと思ったのか物凄い形相で睨みつけられた。 ほかには…だめだ、どれも怪しくて特定なんか全然できない。
「涼香さん。ダメです。必死に思い出して考えてはみたんですが、誰だか特定するところまでは…」
「そっか…。わからないか。相手も巧妙だわね。こっちのなんでもない仕草や一言が相手に誤解されて、許せないほどの憎悪のネタになったりするから、特定するのは難しいか」
「私、どうすれば…」
「結界を張った外に出なければ大丈夫なんだけど、いつまでもそうしているわけにはいかないし」
「結界の外に出たら?」
「即、アウト。呪いはかなうまでいつまでも続くから。相手が呪いを取り下げてくれればいいんだけどね。そんなの待ってらんないし」
「…どうしよう」
「う~ん。こうなったら、ほかの手を考えるしかないわね。ちょっと時間をくれる?」
「はい…」

涼香さんはしばらく考えてから、どこかに電話で連絡をしていた。電話が終わると、 「何とかできるかもしれないけど、でもうまくいくかはわからない。私がいいと言うまではここから動かないで。わかった?」
「…はい、わかりました」

涼香さんはそれから再びいくつかの電話をした。頭をかしげている。うまい方法が見つからないのだろうか…。やがて電話をし終えると、ため息をひとつつきながら、私のほうに向きなおって神妙な面持ちで言った。
「やっぱりあなたには死んでもらうしかないわね」

数日後。 テレビがニュースを流していた。 昨日、Y県吹石村付近の山林内の空き地で乗用車が激しく燃えているのを通行人が発見し、消防車二台がかけつけ火を消し止めました。その後、黒こげになった車の中から身元不明の焼死体が発見されました。周囲の状況から自殺との見方が強まっています。なお、焼け残った免許証に坂本孝子さんという名前があったことから、焼死体との関連性が高いと見て捜査を進める方針…
「ね、孝子さん、死んじゃったよね」 涼香さんは私に話かけた。涼香さんによれば、坂本孝子にはいったん死んでもらう。これしか呪いを断ち切る方法はなかったそうである。 涼香さんが例の電話をかけまくった後のことだ。涼香さんは私に身分証みたいなものは持っていないかと聞いてきた。私は免許証を渡した。 それから涼香さんはお仲間の協力を得て、レンタカーと借り、死体を用意して、レンタカーに死体を乗せ、火をつけた。偽装自殺だった。

でも死体をどうやって…。
「涼香さん、あの焼死体はどこから…」
「ああ。うちは葬儀社をやっていて、無縁仏のお世話もしてるのよ。しかもこのあたりは土葬だし。だから、ちょっとお借りしちゃった」
「ちょっとお借りしちゃったって…」
「大丈夫よ、本人に了解とってあるから。そういう事情なら私を使ってってね、喜んで貸してくれた」
「え?」
「私ね、亡くなった方と話せるの。生前の残留思念を通して」
「ざんりゅうしねん?」
「ま、詳しいことはまたおいおい説明するから。でも、違法なことは違法なんだ。今回はあなたを救うためにやまにやまれぬ状況だったんだけど」
「…」
「それで、もうあなたは亡くなったことになってるから、いま住んでる所はご両親に事情を話して、遺品整理という形で片づけないといけないよね。ご両親には秘密を守ってもらうのよ。でないとまた呪いが…」
「わかってます。両親も心配してるでしょうから、後で連絡します」 「そうね。そうして」
「はい」
「あと、孝子さん。これで記録としては戸籍が消えて、これから仕事を探すのは難しいから、しばらくはうちで働かない?葬儀社の受付として。そのうち、新しい戸籍を持ってきてあげる(笑)」
「なにからなにまで…」
「葬儀社はあくまで表の仕事。裏は呪術で命を救う互助会、私が所属して宇野は日本呪術研究呪鬼会っていうの。あなたみたいに助けられる命は助けてあげないと、ね(笑)。あなたは私たちに見つけられてよかった。偶然というか、そういう運命だったのかもしれないわね。でね、ここで働く仲間はみな似たような境遇なの。あなたも、今度は人を助ける番」
「わかりました!」

あれから三年。 私はいま、地元の吹石村の隣の大谷村出身の木村鈴子として生きている。慣れ親しんだ名前からへの愛着は捨てられないが、生きていられたのだから木村鈴子で充分だ。 この互助会というか呪鬼会の裏には広大な空き地があり、多くの無縁仏の墓が建てられている。私は毎日ここで手を合わせるのだ。

涼香さんからは、
「無縁仏さんをお参りするのは構わないけど、あまり同情したり、深入りするのは駄目だからね」
「どうしてですか?」
「優しい人だと思ってあなたにとり憑いちゃうからよ。悪い霊じゃないからそんなに心配はいらないけど、だってあなた、怖がり屋だから(笑)」

新しい名前も戸籍も得て、何人かの人を救うお手伝いをしてきて、涼香さんからは「あなたは役目をしっかり果たしてくれた。もう大丈夫だから、ここを離れて自由に生きるといいわ」と言われたけれど、私はまだここにいる。 できることなら、もっともっと多くの人を救いたい。これは事情を知った両親の願いでもある。 当初は、呪った相手が誰だったのかを考え、その相手を憎んだこともあったが、今ではその憎しみはなくなり、哀れとさえ思えるようになった。呪った人は、今度は必ず呪われる立場になるという涼香さんの言葉を思い出す。人を呪わば穴ふたつ。か。

あ、電話が鳴った。私は受話器を取る。
「はい。戸隠葬儀社でございます。ご葬儀の相談でございますか。…違う。あ、別件の…事前のご相談ですね。はい、日本呪術研究呪鬼会で間違いございません…気味の悪いものが送られてきて…はい、そうですか。それは大変なことでお困りですよね。でも、ご心配はいりませんよ。え~と、ちょっとこのままお待ちくださいね」 私は電話を保留にして、奥の方に声をかけた。
「涼香さん、出番です」

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません。

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