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人形の魂

呪い代行呪鬼会

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とある都内の、小さなビルの中。 何の変哲もないワンルームに設置されたローテーブルの上には二台のパソコンがあり、向かい合うようにソファが置かれている。 小さなオープンキッチンには紅茶のティーパックやコーヒーメーカー。 そんな、何の変哲もない、ただの事務所に居座るのは、一人の男。 呪い代行呪鬼会呪術師、名前をワタナベといった。

〈あの人を呪って欲しい。〉
そんなメールが届いたのは、つい数時間前の事だった。
「不倫関係…二股の制裁…か。今月は呪いの依頼を受けすぎた。流石にそろそろあの子の機嫌も悪そうだ。しばらくは休ませた方がいいだろう」
呪い代行の依頼に断りの返信をしながら、ワタナベは深く呼吸をすることで自分の体温の高まりを抑えた。
「最近は呪い代行の依頼が増えてきている…いったいどうしたことなのだろうか…」
曇った表情で祭壇の奥から古ぼけた木箱を取り出した。 何ということもない普通の木箱、そこから感じる冷気は中に入っているもののせいなのだろうか。木箱を開けようとしたその瞬間、メールの着信音でワタナベの手は止まった。 彼が所属する日本呪術研究呪鬼会からの依頼メールだ。

ワタナベのような呪術師たちはこのように呪鬼会を通じて呪い代行の依頼のメールを受ける。そして自分が依頼の内容に納得できれば依頼を受諾する流れとなる。
〈初めまして。Mと申します。まるまる高校の一年生です。同じ高校の二年生の先輩を、呪って欲しいんです。名前は桜井優先輩。お金はいくらでも出します。最大級の呪術をお願いしたいんです。〉
「高校生が呪い、しかも最大級の呪術を求めるとは…これも時代なのかもしれないな」

メールには対象と思われる人物の写真も添付されていた。呪いを完遂させるためにはどのようなものでもあった方がいい。 画像を開ける。細い線にしなやかな身体。長めのショートカットも、彼の中性的な顔によく似合っている。 とはいえ、高校生がたかが恋愛の悩みで最上級の呪いを求めるのはただ事ではない。 それだけ金もかかるし、何よりも呪いをそのように軽々しい気持ちで扱うことは当然ながら呪術師として諭さなければならない。

――“人を呪わば穴二つ”。
ランクが上がれば、それだけ代償もでかい。依頼主はもちろん、呪術者にとっても同じことである。「最上級」その意味をどれほどわかっているのだろうか。
「最上級の呪い…」ワタナベは例の木箱に視線を戻した。
「機嫌は…まだよくないだろうな…」頭をかきながらポツリとつぶやいた声は宙に消えた。
〈この度はご連絡いただき、ありがとうございます。呪い代行呪鬼会ワタナベと申します。ご依頼内容を拝見いたしました。ご依頼をお受けするか否かの前に、お話をもう少しお伺いしたいと思います。〉

数時間後、依頼主のMからの返信があった。
「はじめまして。この度は私のために最上級の呪いをかけてくださることになり、本当にありがとうございます。料金についてはどれほどかかろうとかまいません。どんな手段をとってでも必ずお支払いいたします。」

ワタナベは怪訝な顔でそのメールにこう返信をした。
「M様。心中お察しいたします。意中の人に振り向いてもらえない、そのお悩みは大変苦しいものでしょう。ただ、それはあなたのような年齢であれば誰もが通る、通らなければならない成長の過程の痛みなのです。どうかそのような避けてはならない困難を呪いという異形の手段をもって避けることはおやめください。さらに『最上級の呪い』そのような言葉を軽々しく用いることもお避けなさい。『最上級呪い』とは命にかかる呪いなのですから」

Mからの返信は素早いものだった。誤字や脱字も多々ある。よほどの興奮が手に取れた。
「ありがとうございます!私が求めているのはまさに「命にかかる」呪いなのです!なんということでしょう!ぜひ依頼を受けてください!」

なんと。ただの若者の痴情のもつれかと思いきや、「命にかかわる」ことを熱望しているとは。 ワタナベの指にも熱がこもる。
「わかりました。それではご事情をお聞かせください。彼…いや、これは、彼女でしょうか、彼女がどうしたというのですか」
「なぜわかったんですか?!そうです。この人は私と同性の女性です!私はどうしてもこの人を手に入れたいんです。可能でしょうか」
「手に入れる、という意味によるでしょう。あなたのお気持ちはどのようなものなのでしょうか。それは通常の手段をもってまともな恋愛関係を築くことをなぜ試されないのでしょう」
「私は、彼女が欲しいです。でも、どうせ叶わないなら、私は先輩が欲しい。先輩の、全てが。私の願いを叶えてください」
「恋の成就する呪術もございます。しかし自力での努力をまずはおすすめしております。呪鬼会への依頼は最後の手段とお思いください」
「…ええ。わかっています。でも、恋を実らすなんて生温いもの、私は求めていないのです。私は、先輩の全てが欲しいんです。先輩の、命すらも。先輩の瞳に“最期に”映るのが私であれば、何でもいいんです」

ワタナベはMからのメールを読み目をつむった。彼女が望んでいるのは「最上級の呪い」、つまり呪殺だ。 自分が依頼を受けなければ、今すぐに彼女の家に押しかけて彼女を刺し殺して自分の死ぬ、とまで言っている。本気かどうかわからないが、彼女はすでに魔道に入り込んでいる。そうしたものを救うのもまた呪術の役割だろう。 ワタナベには何が彼女をそこまで追い込こんでいるのかまではわからないが、愛が一番の呪いだとは、よくいったものだ。
「呪いというのは、依頼主の“想い”の強さが肝になります。弱ければ発動すらしません。逆に、強ければ強い程、その効果は高くなります。私は呪術師として呪鬼会に伝わる秘伝の技法に則り呪いをかける事をするのであり、実質かけるのはあなた自身です。そして呪いをかける時、依頼主であるあなたにも、負荷がかかります。その負荷が重ければ重い程、相手が抵抗した証です。相手は知らない間に呪われて、死ぬわけですから。ご覚悟はいかがでしょうか」
「それはもちろん、覚悟の上です」
「わかりました…それでは…」

ワタナベはMに呪いに関する説明を簡潔に行った。 ワタナベは最後に彼女にこう伝えた。
「彼女の死を本当に望んでいるなら、私の手元にある、とある人形をあなたの元へと届けます。その人形を彼女と思って毎日語りかけながら眠りなさい。一週間後、あなたの本当の願いが叶うことになります。」

ワタナベは席を立ち再び例の木箱に手をかけ、中にある何かに語り掛けるようにいった。
「もう一件、がんばってくれるかな?」

一週間後、Mからメールが届いた。
「先生…私が間違っていました。何よりも先輩を手に入れたいと思うがあまり、殺したい、そう思っていた私がばかでした。先生から預かっていたあの人形に語り掛けました。毎日です。最初はばかばかしいと思っていました。でも、最初の夜、夢に出てきたんです。次の日から怖くなって。人形の顔が先輩の…悲しそうな顔に見えてきました。これは一体何だったんでしょうか。教えてください」

ワタナベは過去の自分を思い出した。 ワタナベも同じく昔付き合っていた恋人に振られ、無理心中をしようとしていた過去があった。幸いにも彼女への危害は防がれたが、自殺未遂からのトラウマで社会復帰までの時間は数年を要した。その時に出会ったのが呪鬼会の呪術師であり、一度死を見た自分ならばと、同じく呪術師として修業を積むこととなったのだ。その時に、習得したのが丑の刻参りの藁人形、式神の術である。

式神とは人間を模したものに魂を宿し、自らの呪いや感情と向き合い使役させる術である。 今回のMの依頼はあまりに幼稚であった。そのため、ワタナベが行った術は人形により自分自身の呪いを自分に向き合てて、正気に戻させたのだった。 Mのメールには二度と呪いを軽々しく考えたりしない、と侘びの言葉と感謝の言葉がつづられていた。

例の人形は再びワタナベの元に戻った。人形を抱え、愛おしく頭を撫で、例の木箱に戻しながらこう言った。
「今回もご苦労様。しばらくは呪いの依頼は断ることにしよう。週末はどこか静かなところで二人でゆっくり過ごそう。な、ナオミ。」

ワタナベが昔、手にかけようとした女性、名前をナオミといった。 木箱がしまる瞬間、一分の隙間から、ナオミの形相が変わったように思えた。

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません。

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