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名前を名乗るなら

呪い代行呪鬼会

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「あ、あの、これで設定作業は完了です」
「あらまあ、お世話様でした」
「で、では、私はこれで!ありがとうございました。」
ホームページ作成業者は逃げるように事務所を出て行った。無理もない。呪い代行サイトの事務所で出張作業というのは誰でも楽しくはないだろうから。ドクロやら悪魔の肖像画やら薄気味悪い呪術が所狭しと山積みになっている。 業者と入れ替わるように弟子のマリが入ってきた。
「あら、マリさん。おはよう」
「おはようございます。ミレイ先生、今の人は?」
「私のサイト制作を頼んだ業者さんよ」
「そうですか。呪鬼会からの連絡にも個人サイトがあった方が便利ですよね」

日本呪術研究呪鬼会に所属する呪術師の一人であるミレイは個人でも呪術を請け負うこともある。呪鬼会で活動すること十数年、これからは弟子を育てていきたい、そう思い個人事務所を開くことにしたのだ。
「そういえば、お願いしていた調査はできたかしら?」 ミレイはそう言って小首を傾げた。年齢を50を超えているはずだが見た目はまだ20代に見える。
「はい。大丈夫です」 20代半ばのマリと並べばただの友人にしか見えないだろう。ましてや呪術の弟子と師匠だなんてだれが想像するだろう。ミレイとマリは顔を笑いあってお互いに指ハートを作った。

三日前、呪い代行サイト「日本呪術研究呪鬼会」を通じて依頼メールが届いた。 依頼主は都内の大学に通うカナ(仮名18歳)。自分を騙したユウト(仮名30歳)へ復讐したい。しかし、相手の男の身元が分からないという。 出会いはカナが大学進学で上京したばかりの頃。ユウトに声をかけられた。いわゆるナンパだ。最初の内は警戒していたが、ユウトはカナの父と同じく北米車―――俗に言うアメ車が好きということから親近感が生まれた。

ユウトは優しくて大人な感じがして、カナは次第に惹かれていった。 ユウトはIT企業を立ち上げて成功した経営者だという。多忙の中、時間を割いてカナに会いに来た。夜や週末はいつも取引先との会食やゴルフのため、カナと会うのは平日の昼間、数時間ほどだった。大学まで愛車のアメ車で迎えに来ることもあった。アメ車はただでさえ目立つのにさらにカラーリングまでハデなので、カナは嬉しさだけではなく周囲に見られて恥ずかしく思うこともあった。

交際開始から半年ほど経った頃、問題が発生した。ホテルで過ごしている時にユウトのスマートフォンに着信があった。いつもならカナが一緒でもその場で電話に出るが、その時だけはバスルームへ移動して電話に出た。よほど重要な仕事の電話だと思った。カナはそれ以上は特に気にせず、自分のスマートフォンを確認するためにベッドからソファへ移動した。ソファはドアに近かった。ドア超しにユウトの通話する声が聞こえてきた。その内容は妻との会話だった。ユウトは既婚者だったのだ。 当然、カナはユウトを問い詰めた。

しかしユウトは悪びれることもなく既婚であることを認めてニヤリと笑った。 「オマエも楽しんだろ?」 そこにいたのは“優しくて大人なユウト”ではなかった。カナはその場から逃げるように立ち去った。ユウトは追いかけては来なかった。 翌日、カナはユウトへ連絡してみた。しかし電話は着信拒否され、SNSも削除されていた。最初の頃にもらった名刺の会社へ電話をかけてみたが全く別の会社につながった。名刺の社名やユウトのフルネームを検索してみたが該当はなく、全て偽名だった。 カナは騙されていた。ただ遊ばれただけだったのだ。

カナの依頼メールが届いた日。ミレイは内容を読んで渋い表情を浮かべた。
「先生、どうかされましたか?」
「このご依頼、呪うお相手の素性が分からないの。呪鬼会からの依頼だから何とかしたいわ」
偽名でも相手のことを直接知っている本人からの呪いなら効果は期待できる。しかし呪い代行の場合、素性がわからない相手では効果は乏しい。 呪い代行業は効果を百パーセント保証するものではないので、効果がなくてもクレームや返金には応じない。それでも報酬だけもらっておいて効果がなければ、ネットで悪い口コミがついてしまう。何より呪術の世界での日本呪術研究呪鬼会の名前は絶大である。ここからの依頼で効果がなかった、とされたならそれは呪術師として失格の烙印を押されたも同然である。
「難しいわねぇ。お断りしようかしら」 ミレイは人差し指を唇に当てて、う~んと唸った。 マリは横目でミレイの様子を伺いながら、すっと移動してミレイのパソコンを覗き込んだ。文面をさっと一読する。
「もしかしたらですが、このユウトという人の身元を調べられるかもしれませんよ」
「マリさん、何か考えがあるの?」 マリは頷いた。ちょっと貸してください、とパソコンのキーボードを素早く操作する。カナへメールした。ユウトの車のメーカーと車種名を問い合わせたのだ。タイミングの良くカナからすぐに返信があった。
「先生の霊視のお力が必要のようです」

ミレイはマリの意図を読み取り、椅子からゆっくりと立ち上がる。壁際にある鍵付きの収納庫から木製の宝石箱を取り出した。宝石箱を開らくとそこには宝石、というべきか怪しい光を放つ様々な石が並べられてた。マリは一つ一つに何か呪文のようなものを口にしながらを語り掛けるように目を配り、「あなたね」と青白い石を手にした。 その間、マリは東京全土の地図をテーブルの上に広げた。 次に自分のスマートフォンを検索して、ユウトと同じ車種と色のアメ車の画像をミレイに見せる。
「先生、こちらになります」 ミレイは頷いた。青白い石を手のひらにのせ、東京地図の上にかざした。まるで東京の空を周遊しているようだ。 ミレイはさらに手のひらに神経を集める。次第にミレイの手のひらは独自の意志を持ったようにミレイの意志に関わりなく、一定の範囲を特定していく。 マリはその特定された周囲をさらに細かく分類していく。 それを数回繰り返した結果、最初は東京都全域だった地図が、二十三区、城西エリア、杉並区と範囲を絞り込んでいった。最終的にミレイの手のひらは杉並の端の方で動きを止めた。 マリは目を開け、深く呼吸をしながら「この辺りに車があるということね」とつぶやく。 マリはスマートフォンで検索を始める。ミレイは少し疲れた様子で椅子に腰を下ろした。

数分後、マリはにやっと笑った。
「先生、ユウトの車はきっとココです」 マリのスマートフォンの画面は自動車整備工場のHPだった。
「まあ、故障してるの?」 アメ車は国産車や欧州車とは規格が異なる。人気の衰えたアメ車のために規格の違う専用工具を用意しておくことは現実的ではない。アメ車の故障を引き受けられる整備工場は減少していった。
「先生の霊視で特定した範囲でアメ車の修理ができるところを検索したらココだけなんです。念のために確認しに行ってきます」 マリは事務所を飛び出していった。

そして三日後の今日。
「先生。やっぱりです。霊視の通り整備工場にユウトの車がありました」 マリはスマートフォンで撮影した画像をミレイに見せた。
「さすが先生の霊視ですね。これで呪術はかけられますか?」
「そうね…十分とは言えないけど…もう少し何かないかしら?」 しばらくの沈黙の後、マリが口を開く。
「そういえばこの呪いの対象はIT企業の社長を名乗っていましたよね?SNSなどに痕跡はないでしょうか?」 ミレイは呪術の専門家ではあるがこの手のITの知識などは若いマリに及ぶはずもない。マリは自分のスマホを開いて各SNSでユウトを探し始めた。
「先生。ありました。このアカウントに間違いありません。写真も載っていますし。車のナンバーも同じです」

マリは話しながらスマートフォンを操作していた。話しながらでも指の動きは素早く迷いがない。あっという間に男性のSNS画面が現れた。さらにマリが画面をスクロールさせると、ハデな色のアメ車の前でポーズを決める投稿がいくつか表示される。ユウトに間違いないだろう。プロフィールアイコンをタップすると、ユウトの本名や生年月日、勤務先と役職も公開されていた。 年齢は30歳、IT企業のCEOとなっている。リンクから会社のホームページへ移動してみても、代表者の紹介ページの情報と一致。ユウトがカナに伝えた年齢と職業だけは本当だったのだ。
「今は何でもネットなのね。自分の素性をこうして明かすなんて…呪術師としてはおすすめできないわ。誰にでもどうぞ呪ってください、そういうっているようなものだもの」

過去、呪いが生活に根付いていたころは自分の名前や素性は軽々と他人に教えることはなかった。現代の意識の変化を嘆かわしく思う反面、今回はその意識の低さに助けられた。
「ありがとう。マリさん。助かったわ。」 ミレイがにっこりと笑った。口調がやや変わり、目は怪しい光を放つ。
「いえ、あの、大したことやってないですから。それでその……」
「先生、このあと呪術の儀式を……始めるんですよね?」
「そうねえ。うふふ」
「あはは……」 マリの笑みはやや引きつっていた。
「先生。あたし、ちょっと用事があるので今日は帰っていいですか?」
「あらあ、そうなの?マリさんには一度、きちんと儀式を見て欲しいのだけど」

ミレイの体は左右にふらりと揺れている。長い黒髪がひと筋、真っ赤な唇にくっついた。
「また今度、用事のない日にゆっくり勉強させてもらいます。今日はこれで失礼させていただきます」
マリは走り出さない程度に急いで事務所を出た。後ろ手にドアを閉めた時、残念ねえ、という声が聞こえた。 普段のミレイはおっとりとしたオバチャンだった。占いや電話で霊視する際には変化はない。呪い代行や呪術の儀式を行う際もそうだ。しかし、何かのきっかけで一種のトランス状態になることがある。トランス状態の時の呪い代行は百パーセント成功する。呪力を持った本物の呪術師だった。日本呪術研究呪鬼会での活躍は伊達ではない。 そうなると一般人のマリにはついていけない状況になる。

儀式のあった翌日に出勤すると事務所内に異臭がしみついていることや、作業デスクや床に血痕が残っていることがある。呪術の後はミレイは浄化も行っているのでマユに害は一切ない、というが気持ちの良いものではない。 ミレイ先生の事は心から尊敬しているし、その呪いの効果や実力も知っている。しかし、まだ自分が呪術に直接関わりたくなかった。 事務所の入居しているビルから外に出た。外はまだ明るい。見上げると事務所の窓は厚いカーテンが引かれている。真っ暗な室内で呪術の儀式は粛々と行われているのだ。

後日、マリはふと気になってユウトのその後を調べてみた。ユウトの近況は意外なほど簡単に判明した。情報源はユウトのSNSだ。 まず会社は倒産したということだった。それにより金銭的に困窮したことで妻から離婚されたという。自宅は財産分与として妻に取られ、今は売りに出されている。さらにヤケになって飲酒運転して単独事故を起こし、愛車は廃車となった。幸い、事故に巻き込まれた人はいなかったが、ユウトは留置所へ入れられたということだった。いずれ交通刑務所へ行くことになるかもしれない。これらはユウト自身による投稿ではなく、取引先や友人たちからのコメントで判明した。

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません。

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