体験談 · 嫁姑・家族・強い恨み
強い恨みを抱えた嫁姑問題の体験|
同居生活に限界を感じた女性
「もう、この人と一緒には暮らせない。」
姑との同居生活に耐え続け、
ついには強い憎しみを抱くまで追い詰められた女性の体験談です。
INTRODUCTION
結婚した時は、姑とうまくやっていけると思っていました
私は当時38歳、夫と中学生の娘との三人家族でした。
結婚したのは20代の後半です。 当初、夫の母とは別々に暮らしていました。
姑とは年に数回会う程度で、その頃は特別仲が悪かったわけではありません。 少し口うるさい人だとは思っていましたが、 「昔の人だから仕方がない」くらいに考えていました。
状況が変わったのは、 舅が亡くなってからです。
一人暮らしになった姑を心配した夫が、 「うちで一緒に暮らさないか」と提案しました。
私も最初は反対しませんでした。
一人で生活させるのも心配でしたし、 同じ家に住めば助けられることもあると思ったからです。
でも、それが私にとって 長い苦しみの始まりになるとは思ってもいませんでした。
CHAPTER 01
少しずつ増えていった姑の言葉
最初の頃は、 姑も私に気を遣っていたと思います。
ところが、 一か月、二か月と経つにつれて、 少しずつ言うことが変わってきました。
料理を作れば、 「息子は昔からこんな味は好きじゃない」。
掃除をすれば、 「この程度で掃除したつもりなの?」。
娘の帰宅が少し遅ければ、 「母親がしっかりしていないからだ」。
私が仕事で帰宅するのが遅い日には、 「家庭より仕事を優先する女なんて」と言われました。
一つ一つは、 それほど大きなことではないのかもしれません。
でも、それが毎日続くんです。
朝起きてから夜寝るまで、 自分の家なのにずっと誰かに採点されているような生活でした。
CHAPTER 02
私が一番つらかったのは、夫の態度でした
何度か夫には相談しました。
「お義母さんに、少し言ってほしい」
「私も毎日言われ続けるとしんどい」
「せめて私の前では味方になってほしい」
でも夫は、 いつも同じような返事をしました。
母さんも悪気があるわけじゃないよ。
年寄りなんだから、少しくらい我慢してやってくれよ。
この「少しくらい」が、 私にはどうしても許せませんでした。
私は毎日我慢している。
それなのに、 夫にとっては「少しくらい」なんです。
姑への怒り以上に、 夫に対しても冷たい感情を持つようになりました。
CHAPTER 03
私の中で何かが切れた日
決定的だったのは、 娘の進路について話していた時でした。
娘は自分の希望する高校に進みたいと言っていました。 私も夫も、その気持ちを応援するつもりでした。
ところが姑は、 娘の前でこう言いました。
あなたはお母さんに似たから、 そんなに頭は良くないでしょう。
無理をしない学校にしなさい。
娘は黙って自分の部屋へ行きました。
私は夫に、 「今の言葉はさすがに注意して」と言いました。
すると夫は、 小さなため息をついて言ったんです。
また始まった。
いちいち母さんの言うことを気にしすぎなんだよ。
その瞬間、 私の中で何かが切れました。
姑にも、 夫にも、 今まで積み重ねてきたものが一気に噴き出したような感覚でした。
CHAPTER 04
「いなくなればいい」と考えるようになりました
その頃から、 私は自分でも怖くなるようなことを考えるようになりました。
姑の声を聞くだけで、 心臓が速くなる。
足音が近づいてくるだけで、 身体が緊張する。
顔を見ると、 何を言われるのかと身構える。
そしてある夜、 一人で台所に立ちながら、 私は心の中で思いました。
この人さえいなければ、
私たち家族は普通に暮らせるのに。
さらに怒りが強くなると、 「いなくなればいい」 「もう二度と顔を見たくない」 という気持ちが頭から離れなくなりました。
そんなことを考える自分が怖い。
でも、 それ以上に今の生活が苦しかったんです。
CHAPTER 05
夜中に「姑 呪い」と検索しました
ある夜、 誰にも相談できず、 私はスマートフォンで色々な言葉を検索していました。
「姑 縁切り」
「姑 いなくなってほしい」
「嫌いな人 呪い」
その時に見つけたのが、 日本呪術研究呪鬼会でした。
最初は、 自分でも何を見ているんだろうと思いました。
でも体験談をいくつも読んでいるうちに、 「こんな感情を抱えているのは私だけではない」 と思うようになりました。
私はその日のうちに、 自分の状況を書いて送りました。
CHAPTER 06
私が最初に送った願い
今考えれば、 とても感情的な文章だったと思います。
姑から何年も言われ続けてきたこと。
夫が守ってくれなかったこと。
娘にまで言葉が向けられたこと。
そして最後には、 自分でも怖くなるほど強い言葉を書きました。
とにかく、この人から解放されたいです。
二度と私たち家族の生活に入ってこないようにしてほしいです。
返事では、 まず今の状況と、 私が本当に望んでいることについて確認されました。
私はそこで初めて、 「姑をどうにかしたい」のではなく、 「姑と離れて、自分たち家族だけで静かに暮らしたい」 と思っていることに気づきました。
CHAPTER 07
私が願ったのは「縁を遠ざけること」でした
やり取りを重ねたあと、 私は正式に依頼しました。
目的は、 姑に何か危害が起きることではなく、 私たち家族と姑との距離が生まれること。
そして、 夫が自分の家庭について真剣に考えるようになることでした。
依頼した直後、 何か劇的な出来事が起きたわけではありません。
相変わらず同じ家で暮らし、 姑の小言も続いていました。
私自身、 「本当に何か変わるのだろうか」 と思っていました。
CHAPTER 08
夫が初めて私の味方をしました
変化があったのは、 依頼から一か月ほど経った頃でした。
いつものように夕食を食べていた時、 姑が私の料理について文句を言いました。
これまでなら、 夫は黙っているか、 「まあまあ」と流していました。
ところがその日は違いました。
母さん。
もうそういう言い方はやめてくれ。
毎日作ってくれているんだから。
私は驚いて夫の顔を見ました。
姑も何も言い返しませんでした。
結婚してから初めて、 夫が姑に対してはっきり私をかばった瞬間でした。
CHAPTER 09
別居という話が現実になりました
その後、 夫と二人で話をする時間が増えました。
夫は、 自分がずっと問題から逃げていたことを認めました。
姑を一人にすることへの罪悪感があり、 私に我慢させれば家庭が丸く収まると思っていたそうです。
でも、 娘にまで影響が出ていることを見て、 このままではいけないと思うようになったと話しました。
そして夫の方から、 姑との別居を提案してきました。
姑には、 近くの高齢者向け住宅へ移ってもらうことになりました。
近距離なので、 必要な時には夫が会いに行けます。
でも、 私たちはもう同じ屋根の下では暮らさない。
私がずっと望んでいた環境になりました。
CHAPTER 10
姑への感情も少しずつ変わりました
姑が家を出た日の夜、 私は久しぶりに自宅で深く息を吸いました。
台所へ行っても、 誰にも何も言われない。
娘とテレビを見ていても、 横から小言が入らない。
当たり前だったはずの生活が、 とても静かに感じました。
不思議なことに、 距離ができると、 姑に対する激しい憎しみも少しずつ弱くなっていきました。
今でも好きではありません。
でも、 「いなくなってほしい」と一日中考えていた頃とは違います。
会う必要がある時だけ会えばいい。
そう考えられるようになりました。
ARCHIVE
旧ページに掲載されていた体験談動画
旧WordPress記事では、 嫁姑問題と強い恨みをテーマにした以下の動画が掲載されていました。
EXPERIENCE
強い恨みの奥に、 本当に望んでいる状態が隠れていることがあります。
私は最初、 姑への強い怒りしか見えていませんでした。
でも本当に望んでいたのは、 誰かに危害が起きることではなく、 自分と娘が安心して暮らせる家庭でした。
距離ができたことで、 私自身の感情も少しずつ変わりました。
CONSULTATION
家族や許せない相手について、
現在の状況からご相談ください。
感情が整理できていない状態でも構いません。
何が起きているのか、そして最終的にどのような状態を望んでいるのかをお送りください。