現世の常世、呪いの世界

二つの復讐

呪い代行二つの復讐

日本呪術呪鬼会二つの復讐

今年、女子高生になる早苗(さなえ)がひき逃げにあったのは、三月の暖かい日だった。 早苗は宮内家の一人娘だった。 葬式には沢山の親族や早苗の同級生達が集まって、お悔やみの言葉を申していた。 けれども、月日が流れるにつれて、早苗は次第に忘れられていき、あれ程、親友だと言っていた同級生達も、お葬式の日の後に、一、二度程、墓参りに行ったり、線香を上げに宮内家に来て以来、その後、元気に高校生活を満喫しているみたいだった。

ひき逃げをした犯人は未だに捕まっていない。 その事実が、宮内夫妻を酷く苦しめた。 警察は捜査を進めているが、手掛かりが無いと言って、宮内夫妻からすると捜査を怠けているようにさえ映った。早苗が亡くなって、半年程、経過して分かった事は、どうもひき逃げ犯は警察の身内であるという事を知った事だった……。

しかも、警視だかの息子らしい。 つまり、警察幹部の親族が、早苗をひき逃げした犯人だ。 弁護士などの話を聞く限り、どうも警察側の圧力が掛かって、仮に犯人を捕まえて法廷に立たせる事が出来たとしても、有名な弁護士を雇われて軽い刑罰で済まされるかもしれない。場合によっては無罪にされるかもしれないとの事だった。 早苗の父、拓馬はそれを聞いて、嘆き悲しんだ。 いっそ、犯人を特定してこの手を殺してやろう、そんな事ばかりを考えていた。 会社の行き返りに女子高生の姿を見る度に、早苗の元気だった姿が重なる。 早苗の親友達は、人生を謳歌している。 拓馬は彼女達に早苗の分まで幸せに、頑張って生きて欲しいと言った……、けれども、他人は人の分まで生きる事など出来ないのだと事件から半年以上が経過した今、拓馬は身を持って実感していた。

犯人を裁かなければ、自分達夫妻に未来なんて無い。 そもそも自分も妻も、早苗を失って、早苗の分まで生きて一体、何になるのだろうか。毎日が黒で塗り潰されたような感覚だった。 早苗を殺した犯人は、今も何処かでのうのうと生きているだろう。 それを思うと、一睡も出来ない。 数週間前、妻は仕事先で倒れて救急車で搬送された。 原因は過度のストレスらしい。 拓馬は仕事から帰ってきてから、ぼんやりと、インターネットを検索して復讐の方法を調べる毎日を過ごしていた。 そんな時に、ある奇妙なサイトに出会った。 それは『呪い代行日本呪術研究呪鬼会』というサイトだった。 中には、復讐承ります、恨みのある方はご連絡ください、と記されていた。 結局、警察も検事も弁護士もまるで役に立たなかった。

ダメ元でやってみよう…………。 復讐方法は呪いらしいが、詳しい詳細は書かれていない。 また、料金は復讐の内容次第、と書かれていた。 拓馬はメールを送ってみる事にした。 詳細欄には、復讐したい相手、可能な限りの復讐したい相手の状況、復讐したい理由などが書かれていた。拓馬は復讐したい願望と、早苗を失った行き場の無い感情をありったけに書いて呪鬼会へメールを送った。 それから、翌日。呪鬼会から返事が来た。

大体、三十万で復讐の呪術の依頼を受ける、そのような趣旨の事が書かれていた。 文面は怖く、それを見て、拓馬は一瞬、背筋が凍り付いた。 もしかすると、暴力団か何かが絡んでいるかもしれない。 けれども、どうせ早苗を失った今、自分達夫妻にこれ以上、失うものなんてあるのだろうか? 拓馬は、是非、復讐して欲しい、とメールを返した。 堂々としたふるまい、呪いの効果への絶対的な自信にあふれたメールの文面から不思議と詐欺ではないだろうと感じた。30万円という金額も、娘を殺した犯人に復讐できるなら些末なことだ。

それから拓馬は仕事に行って帰ってきた。 すると、新たなメールが届いている事が分かった。
‐犯人の名前は桐島丈。24歳。無職。××警察署に勤務している警視の息子ですね?これから、その者に因果を含めた清算を行います。‐
メールを開くと、そのような文章が書かれていた。 拓馬はそれを見て愕然としていた。

その男には名前はなかった。人間としての名前はもちろんある。 男は極道の父と母の下に生まれた。 だが、対立勢力によって父と母は殺害された。 父親は悪人だったが、少年だった頃の男に色々な事を教えてくれた。 男は両親が亡くなった後、まっとうな職に就こうと努力した。土方、営業マン、パチンコ店の店員など様々だった。高校は何とか卒業していた為に、筋ものの息子でもなんとか雇ってくれる場所は多かった。 そうやって、職を転々としていた後、彼は自分のBARを開く事にした。

だがそこには誰にも言えない秘密があった。「表向きはBARの店員。 しかし、とある団体の一員、それがその男の本性だ。 団体において男には名前がない。 「鬼」。 男の存在は「鬼」であり、それ以上でも以下でもない。 自分はどうしようもないクズだ。 けれども、歪んでいるとはいえ、何らかの形で誰かの役に立つ事が出来るのならば。 今日も、所属する団体、呪鬼会から依頼のメールが届いた。 男はそのメールの内容を吟味して、メールに書かれていた事件の概要を調べる。そして、依頼人に“正当性”があるか判断する。 この依頼人には正当性がある。 男はそう判断した。 彼の表情は人間の顔から「鬼」へと変わった。

桐島にとって、人生にケチが付いたのはいつ頃だったか。 高校生の頃、イジメにイジメ抜いた同級生が自殺して以来の事だったと思う。 結局、父親に事件をもみ消して貰って、父親が直々に学校に直談判に行く事になった。学校側としてイジメの事実をもみ消したかったので、体裁上、桐島とその取り巻き達は、喫煙による二週間の停学という事で問題を済ませた。 実際には、桐島と彼の取り巻きはイジメた相手を散々、リンチのようなイジメを行って、死んだ同級生は自殺と言われているが、実質的に桐島達が殺したようなもので、身体には煙草の火を押し当てられた痕など、酷く痕跡が残されていた。 その時から、桐島は人殺しといった眼で、クラスメイト達から見られるようになって居心地の悪い思いをした。

そして、何とか地元の大学に入ったが、同級生をイジメ殺した噂は絶えず、彼は大学の転入を余儀なくされた。 そして、大学を卒業した後も、高級車を乗り回しながらフラフラとしている。 やっている仕事と言えば、軽いデスクワークのバイトくらいだ。 父親からは、散々、ボンクラと罵られている。 そんな矢先、彼は人身事故を起こしてしまい、またも父に迷惑を掛けてしまい、とうとう、親戚達からも距離を置かれるようになった。父親は彼が起こした人身事故をもみ消す為に、各方面に頭を下げにいったと、散々、喚き散らしていた。
「畜生が。…………」
桐島は家に帰ると、酒と煙草に明け暮れていた。 人身をやる前は、ナンパした女二名が彼の家を出入りしていたが、彼が人身事故、しかもひき逃げをやってしまった為に、二人共、離れていってしまった。結局、女達は桐島が偉い人間の息子である事、金を持っている事だけに目がいっていただけなのだ。
「クソったれな人生だよな。オイ」
そう言いながら、桐島は何気なく、スマートフォンを弄っていた。 SNSでナンパ出来そうな女がいれば口説こう。 そんな事ばかりを考えていた。

度数の高いウイスキーを飲み始めた。 おもむろに、彼は自身のスマートフォンの中に入っている動画を再生する。 その中には、かつて彼が自殺に追い込んだ生徒の姿が映し出されていた。 校舎裏にその同級生を呼んでは、そこら辺の虫などを無理やり食べさせる。 身体中のあらゆる場所に、火を点けた煙草を押し付けていく。 また、その同級生が小便を漏らしている姿も映していた。 まさか自殺するとは思わなかった……。

桐島にとっては、その同級生は従順な犬みたいなもので、彼の言う事を何でも聞く存在だった。そもそも、そいつは入学当初から友達がいなかった。だから、桐島の仲間に入れてやった、それだけの事だった…………。 桐島は動画の再生を止める。 別の動画を見つけた。 それは、事故現場だった。 人身をやってしまった時だ。 桐島は気が付けば、イジメ抜いていた同級生の事を思い出しながら、引いた少女を撮影していた。少女は顔半分が潰れており、両脚がねじまがっていた。今から救急車を呼んでも、手遅れだろう……。服装を見る限り、おそらくは中学生かと思われる。顔は潰れているが、おそらく、美人だったであろう事が分かる。

桐島はその少女を撮影していた。 そして、死にゆく、その少女をしばらくの間、撮影していた。 少女は必死で、桐島に助けを求めていた。 周囲には誰もいなかった。 後で知ったのだが、宮内早苗という名前らしい。 桐島は、この動画を父親にもバレないように隠し持っていた。 何処かで、自分は人を殺しても絶対に裁かれない。 そんな万能感に満ち溢れていた。 いつか、大出世してやろう。 そうすれば、今は彼を厄介者扱いしている父親も、彼の事を認めてくれる筈だ。 そう考えながら、桐島はウイスキーの残りを飲み干した。

桐島は夜道を歩いていた。 酒が切れたからだ。 この時間帯、酒屋は開いていない。 なので、少し家から遠いコンビニに向かう事にした。 後ろから、何かが彼を追っているような気配がした。 桐島は振り返る。 真っ黒な車だった。 車が彼に衝突する。 桐島は目の前が真っ暗になった。それが彼の最後となった。 こんな何でもない夜、何でもない瞬間が人生の最後になるなんて。彼自身が一番信じられないことだっただろう。 桐島は車にはねられて即死した。 車は歩道を歩いていた彼を後ろから跳ね飛ばした車は一切減速することなく、彼めがけて一直線に轍を作った。

桐島を跳ね飛ばした後、急激にブレーキを踏んだのか、他の家屋やガードレールなどへの損傷は微々たるものに見えた。降りていたその車の運転手、彼の表情は事故を起こしてしまった悔恨や焦りは見えない。 ただの事故とも見えるこの衝撃が強い殺意の元、行われたのだと知るものは過去の因縁を知っているものだけだろう。 運転手はポケットからスマホを取り出した。救急に連絡を入れるのだろうか。それにしてはやけにゆっくりと、桐島に近づき、カメラを向けながら何かを呟いている。月明かりの薄暗い中、男の笑みがこぼれた。

その日、宮内拓馬はいつものように出勤の身支度をしていた。娘を失い、妻は入院中、あのにぎやかで狭くすら感じたリビングも、今は広々と感じる。 ふと、スマホに目をやると、昨夜あった交通事故の話題に目が留まった。 うちの近所じゃないか…物騒な。娘の事故からどうしても交通事故の話題は気になって仕方がない。 記事を読み進めていく。被害者の名前は『桐島丈』。

メールの着信。呪鬼会からだ。まさか。 呪鬼会からのメールは文面が一切なかった。ただとある掲示板のリンクが張られていた。 スレッドのタイトル。
「昔、いじめで同級生を自殺まで追い込んだ上級国民のDQN息子、自殺した同級生の親にひき殺されるwwww」
スレッドの中にあった画像のリンクを恐る恐る開いてみる。 そこには金魚のように口からパクパクと赤い血の泡を吹かせながら絶命していく桐島丈の姿があった。 宮内拓馬はスマホから目を話して深く目を閉じた。

まさか。これが呪鬼会の呪いの効果であると。 以前から桐島の悪行は知っていた。あの同級生のお父さんの心情は自分にもよくわかる。 復讐・・・これは自分の手で行った復讐といえるのだろうか。 桐島を跳ね殺したあのお父さん、彼と私、接点は全くないが二人の復讐と呼んでいいのだろうか。

出勤の時間はすっかり過ぎていた。拓馬は出かける準備を終えて自宅を後にした。向かう先は娘の墓。 途中、女子高生達を眼にした。 早苗の姿と重なる事は、もう無かった。

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