現世の常世、呪いの世界

誰かに見られている

呪い代行親子関係

日本呪術呪鬼会誰かに見られている

私は桜田良子。しばらく東京のIT系の会社で仕事をしていたが、三十歳を前に、東京での住まいを引き払い、人里離れた場所でのんびりと過ごしたいと思った。 住み移る場所はだいたい決まっていた。 三年前に休暇を兼ねて、気ままな旅行に出たときに、関東のはずれの山奥の集落に空き家となっていた古民家があった。

旅行中は、その郷田村の方々がとても優しくて親切で、あそこがまだ空いていればしばらく住んでみたい。 集落は10世帯も満たない小さな村で、人づきあいに疲れた私には最適だった。確か、村にはHさんがいて、この人は神主兼村のまとめ役だったはず。あの人に効けば古民家がまだ空いているかわかるはず。 私はさっそくHさんに電話で連絡を入れてみた。Hさんは私のことを覚えていてくれた。
「おお、桜田さんでしたね。三年前は何のおもてなしもできませんで」
「いいえ、大変お世話になりました。皆さんいい方ばかりで、楽しく過ごさせていただきました。それで、あの…、できればしばらくそちらで暮らしたいなと思っているのですが、ご迷惑でしょうか?」
「そんな!過疎化しているので弱っていたところです。桜田さんに起こしいただけるのなら、願ったりかなったりですよ。ぜひこちらでお暮しください」
「それで…、あのとき空き家だった古民家なんですが、まだ空いていますか?」
「大丈夫。空いてますよ」
「仕事を辞めたので、あまり手持ちがないものですから、お家賃が安いといいなあと」
「何をおっしゃってるんですか!あの古民家はもう 誰の所有でもないから、住んで いただけるなら、タダでいいのですよ。お家賃はいりません」
「本当ですか!?」
「私が言うんですから間違いないですよ。あ、いらっしゃる前に村のモンの手を借りて、あの古民家に荷物を整理し、すぐ住めるようにきれいにしておきますから」 「何から何まで申し訳ない。お手数かけます」
「なんの。新しい住人さんをお迎えするんだからそのぐらいのことはさせてもらわんと。村のみんなは大喜びしますぞ!ありがたや、ありがたや。これも神様のお導きかのう」 「ありがとうございます!」

それから引越しの作業はトントン拍子に進み、数週間後には私は郷田村に転居した。引越しの当日は村の人が全員笑顔で迎えてくれた。自分にとっての最高の瞬間だった。住んでも1年くらいと思っていたが、ずっと居たくなるかもしれないとその時は思った。 引越し荷物は最小限にし、家でリモートによる仕事ができるようにインターネット環境を整えるだけで済んで、私の新たな生活は始まった。 それから三か月は村の人もいい人ばかりで楽しい日々を過ごせた。村は私を入れて九世帯。 が、ある出来事から状況が一変した。

その日は一度の村のクリーンデーで、山道にハイカ―が捨てたゴミを拾い集める作業なのだが、体調が悪く欠席してしまったのだ。だからこの日は寝ておくべきだったのだが、突然舞い込んだ仕事の締め切りが迫っていたので、高熱にうなされながらもパソコンに向かった。これがいけなかった。この様子を村人に見られてしまったのだ。
「桜田さんが村の仕事をずる休みしている」
「あの人は非協力的」
という噂が立ち始めたのはその直後だった。 村人たちは私を無視するようになった。出会っても口もきいてくれない。口をきかないかわりに誰もが蔑むような鋭い視線を投げかける。回覧板も回ってこなくなった。 それだけで済めばまだよかったのだが、そのうちに家の前にゴミが大量に投棄されたり、動物の糞らしきものがまかれ、ついにはカラスやネコの死骸も置かれるようになってしまった。

私は思い余って、名主のHさんに相談した。Hさんは村人の中でも比較的私を好意的に見てくれたようだったので、できればHさんの力を借りて村人の誤解をときたい、そう思ったからだ。 だが、Hさんの反応は良くなかった。
「桜田さんの気持ちはわかる。なんとかしてあげたいのだが、こればかりは村の住民の感情だから…。うちのしきたりでは、裸で土下座というものがあるんだがね」
「裸で?それは無理です!」
「それでは、どうにもできんのう…」
私が肩を落として家に戻ると、煙が出ている。火事だ!あわてて井戸の水で火を消してボヤで済んだ。あんなことぐらいで、ここまでするのか…。 しかも、家の中に居ても常に誰かに見られているような圧迫感。じっとこちらを見ているような殺気のようなもの。これは一体なんなのだろうか…。いつ何をされるかわからない。 私は万事窮した。

とにかくこの事態をなんとかしなければならない。 そこでふと思いついたのが占い師。 この先どうなるのか。村の人たちと修復できるのならそうしたい。ダメならこの村を離れるしかない。 私はネットで占い師を探した。電話で相談もした。だが、相手が八世帯もあることがわかると、誰もが占いを嫌がった。この応対だけで先が見えているということなのかもしれない。 諦めかけてこの占い師で終わりにしようと最後に連絡を入れたとき、その占い師が「私ではどうにもできません。占いでは済みそうにないですから」と言いながら「でも、あそこなら」とある人を紹介された。 占い師たちの中でも特に異質な集団、名前を日本呪術研究呪鬼会といった。 呪術とは一体・・・呪い?

私はさっそく聞いた電話番号の所に連絡を入れてみた。電話口に温厚そうな老紳士の声がして、すぐに起こしくださいと言ってくれた。 翌朝、私は教えられた場所を訪れた。高級そうな雑居ビルの中にその事務所はあった。 「いらっしゃいませ」 電話の声の人だった。待っていてくれたみたい。だが、この人は自分は呪鬼会に仕える執事だと言った。この人が呪術師ではないのか。呪術師はどんな人だろう…。 待つこと五分。呪術師が部屋に入って来た。意外と若い男性だ。執事がその占い師を「先生」と呼んでいる。二人はどんな関係なのか。
「初めまして。日本呪術研究呪鬼会呪術師の天空です」
その天空さんはラフな格好で、見た目IT会社の社長みたいに思えた。ちょっと頼りなさげな風体だが、この際そんなことは言ってられない。 私はこれまでのことをすべて話した。天空さんはうなずきながら聞いていた。聞き終わると、天空さんは神棚のようなところに置いてある石に触れた。よく見ると何か呪文らしき言葉をつぶやいている。しばらくして「はい」、と言ってこちらを向いた。
「先生。どうでしょうか。修復できるでしょうか。ダメならあの村を離れます」
「うん。そうですね…」
「修復できますか?」
「無理ですね」
「え…無理ですか。では引っ越すしか…」
「それも無理ですね…」
「え?どういうことですか?」
「あなた、このままだと命を落とします」
「えええ!?どういうことですか?」
「憎しみが複雑に入り組んでいましてね…。これは呪いの影が見えます。我々、呪鬼会の呪術師はこうしたお悩みには呪術による解決をおすすめしてますが…呪い代行をご希望でこちらに?」
「呪い代行?!いえ、いえ、そんな…」
「いや、なに、呪いといっても憎しみを倍加させる負の呪いと復縁など修復を願う正の呪いがありまして…」
「で、では正の呪い代行を」
「今回はそれでは効かない…」

それから天空先生は少し詳しく呪いのことを教えてくれた。天空先生は占い師だが、呪い代行もやっていること。修復させるための正の呪いではもうそのチカラが及ばない事態になっていること。だから負の呪いを使うしかないが、この呪いをかけていることがわかると呪詛返しといって、呪いの元に倍返しで呪いが戻ってしまうこと。もっといろいろ聞いたのだが、私には何が何だかわからず、覚えていたのはこれだけ。
「あなたはその村を離れるべきです。が、その前にやるべきことをやってからでないと災難が降りかかる…」
「災難…。離れても災難なんか、どうして?」
「それはまた後で。呪術師として全身全霊でお力になりたいと思いますが、そのためには、まずあなた自身に呪いを行いたい、という強い意志があるかの確認が必要となります。いかがですか?呪鬼会の呪い代行、ご依頼されますか?」
「はい。でも、村の人たちをあまり追い詰めたくない。まさか命まで奪うということは…」
「それはないです。一人を除いては」
「一人?」
「それもまた後で。では準備を始めましょう。明日また来てください」

その日、私はこの天空さんの事務所がある近くのビジネスホテルに泊まった。疲れているはずなのに、いろいろありすぎたせいか一睡もできなかった。ここのホテルに来ても、村の誰かが見張っているような気配がして落ち着けなかったのだ。これは絶対に気のせいだと思いたい。

翌日、私は再び天空先生を訪ねた。天空先生は待っていてくれた。 先生からはビー玉のような小さな石を九つ渡された。A宅用には赤、B宅には茶、C宅には青、D宅には黄、E宅には黒、F宅には緑、G宅には白、そしてなぜかHの名主宅には金と紫の二つ。 この石を各家の玄関周りに埋めてくるようにと言う。置いてきてもいいのだが、石を見つけられて呪いと悟られると呪詛返しを食らうから、念のために埋めたほうがいいとのことだった。条件は、それを決して誰にも見られないこと。見られたら呪詛返しが確実に起こってしまうと。 私は埋めるべき石の色をメモした。先生はその石を黒い袋に入れてくれた。この袋は「悟られぬの袋」だそうだ。先生は続いて、 「あ、そうだ。桜田さんにも災難に遭ってもらいますから」と言った。
「ええ!?そんな…」
「大丈夫。これはある種の生贄です。これも呪いを悟られないための手段です。あなただけ何もなかったら疑われるだろうから、あなたに代わって災厄を受けてくれる。その準備はこちらが手配しますから、心配しないで」
「はあ…」
「大丈夫!うまくいきます。安心して」
「はい…よろしくお願いいたします」

こうして私は村に戻った。相変わらず家の周りにゴミが散乱していた。幸いに火はつけられていないようだ。 さて、どうやって石を埋めるか…。 いろいろ考えを巡らせて、一カ月間だけ新聞配達をすることにした。新聞はこの地域では貴重な情報源だからどの世帯も新聞を取っている。各世帯ごとに契約している新聞は異なるが、このあたりの新聞配達所は複数の新聞を扱っているから問題ない。 新聞配達を始めて一週間ほどはどこも警戒し私を注視しているような感じだったが、やがて警戒感も薄れだした。どの家が朝何時頃が不在になるかもわかってきた。チャンスだ。私は新聞配達を続けた。例の黒い袋と土を掘るスプーンを隠し持って。 こうして誰にも悟られず見つからず、全世帯に石を埋めてくることができた。 あとはちょっとした対応をして待つだけだ。

呪い代行の効果はすぐに現れた。 石を置いてきた家に次々と災難が訪れたのだ。 A宅は古いコンセントから出火し全焼。B宅は大雨の日に土砂崩れがあり家が半壊。C宅は住人が土間から転げ落ち手と腰を骨折し車椅子生活。D宅では車が山の斜面から落ちて運転手が重傷。E宅はトイレで脳梗塞になり集中治療室に直行。そして私は原因不明の高熱を発症し救急車で都内の病院へ緊急搬送。F宅は山道で転倒し落ちていた木の枝が目に刺さり片目を失明。G宅は山菜を取りにいって毒草を食べ長期入院。こうして最後の名主で神主のHの災難を残すのみとなった。

私の高熱は嘘だ。救急車も天空先生が手配してくれたもの。私は天空先生の事務所近くのホテルに宿泊し、時を過ごした。各世帯の災難は天空先生の執事が逐一報告してくれた。そのおかげかもういつも誰かに覗くように見張られているという恐怖観念は消えていた。 数日後、天空先生から連絡があった。すべて終わったので、最終報告をするので来てほしいと言う。 私は天空先生を訪ねた。天空先生が待っていてくれた。
「お疲れさまでした。無事に終了しましたよ」
「先生、ありがとうございました」
「これで少しは恨みも晴らせたんじゃないですかね」
「そうですね。ありがとうございます。でも、まだHさんの件が…」
「ああ、Hさん。ついさっき終わりました」
「そうでしたか。神社が焼けたりとかしたんですかね」
「いや、Hさんは今朝亡くなりました」
「え!?」
「神社の石段から転落して、頭蓋骨骨折で」
「先生、そんな。命までは奪わないはずでは…」
「確かにそうお約束しました。ですが、今回の件は私どもには無関係でして、呪い代行のせいではないんですよ」
「え?でも、石を二つ埋めてきましたよ」
「それは、呪いのための石ではなく、霊を鎮める鎮魂の石なのです」
「…どういうことでしょうか」

それから天空先生はゆっくりと経緯を話してくれた。それは驚愕の話だった。 私は天空先生の言葉をそのままここに記したいと思う。

桜田さんが住んだ古民家ですが、あそこは以前に若い女性が住んでいたんです。ところがちょっとしたことで、村人全員に反感を買って村八分状態にされてしまいました。桜田さん、あなたのようにね。 そこで相談したのが村を仕切るH。その女性に唯一同情しているような素振りを見せていたからですが、これが罠でした。相談に行ったHの境内で力ずくで乱暴を受けました。神様がいる前でですよ。それからまもなく彼女は家で首をくくりました。亡くなってからも古民家に彼女の魂は留まり、そこへあなたがやって来た。 あなたが何度となく「誰かに見られている」と感じたのもそのためです。 あなたをどうにかしたいということではなく、あなたを自分と同じ目に遭わせたくないという想いだったのでしょう。怨念はHに向いていましたから。 これらの経緯は亡くなった女性の霊との会話で知りました。そして、Hに仕返しをしたいとも。Hの死は彼女の霊の仕業です。私は石でその道筋を開いてあげただけ。

私は何とも怖ろしい不思議な話を聞いていた。怖ろしいが、どこかホッとする自分がいた。死へと追いやられた女性の魂は浄化され、黄泉の国へと旅立ったそうだ。安らかにお眠りください。Hは当然の報いかもしれない。天空先生は最後にこう言った「呪いは因果応報…。呪いの韻律は円環にある、と。」

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