現世の常世、呪いの世界

依頼者の生贄

呪い代行親子関係

日本呪術呪鬼会 依頼者の生贄

僕は今夜死ぬつもりだ。 インターネットで自殺の名所を探し、自宅からの距離から手頃なこの場所まで足を運んだ次第である。 死を目前にして走馬灯のように今までの人生を振り返ると、僕の歩んできた人生は酷いものだった。 貧乏な家の長男として生まれた僕は、小中高と虐められて学生時代は散々だった。 金銭的理由で大学には行けず、新卒で入社した会社では上司のパワハラで鬱病を発症して再就職もなかなか続かず三十歳になった今でもフリーターで貯金も出来ず食つなぐだけの日々。 不細工で稼ぎも学歴もトーク力も何もかも無い僕は当然、恋人らしい人なんてこの人生で一度も出来た事は無い。

本当にこの三十年間、苦しいだけの日々だった。 だけど、この崖から飛び降りればその辛い日々も終わりを迎える事が出来る。 深夜という事もあり月の明かりだけでは下まで見通せない程の高さがあるこの崖から飛び降りれば、間違い無く死ぬことが出来るだろう。 深く深呼吸をして飛び降りる覚悟を決めた時、背後から足音が聞こえて思わず振り返った。 薄暗い視界の先には、こんな山奥にも関わらず黒いスーツを着た男性が立っていた。 年は六十前後だろうか、人当たりの良さそうな男性が夜の山奥に居る歪さが不気味な雰囲気をより高めている。
「これはこれは、驚かせてしまい申し訳ございません。私こういった者でございます」
スーツの男に差し出された名刺には、『呪い代行 呪鬼会』という文字と続けて『大黒』という文字が書かれていた。 呪い代行というのが職種であり、大黒というのは名前だろう。呪鬼会というのは何だろうか?
「こんな夜遅くに、どうしてこんな山奥に居るんですか?」
つい数秒前まで死のうとしていた僕だが、いざ不審人物が目の前に来ると恐怖を感じる。 大黒は僕の警戒心を解くように少しオーバーに両手を広げると、薄ら笑みを浮かべた。
「私のような者がこんな時間にこんな山奥に居る理由は、貴方のような人が来るのを待っているからですよ。」
「僕のような人……ですか?」
「ごまかさなくても結構です。貴方はつい先ほど自殺しようとしていらっしゃいましたよね?」
「まさか、僕のような人が自殺をするのを止められているのですか?」
「いえいえ、間接的にはそのようになってしまいますが、私の目的は自殺を止める事では無く死の世界へと旅立つ前に、その入り口、呪いの世界のご案内をさせていただこうと思っております。」
大黒の言葉に私は呪い代行と名刺に書かれていた事を思い出した。
「呪いの世界、というのは、呪い代行ですか?」
「左様で御座います。自殺される方は少なからず誰かのせいでこの場所にいらっしゃいますので、私のような者にとっては良い出会いの場となるのです。貴方も呪ってやりたい人間の一人や二人はいるのではないですか?」
確かに、僕が呪いたい相手は一人や二人どころじゃない。ざっと思い浮かぶだけでも両手の指では足りないぐらい居る。 そう言われると、呪い代行業者が自殺の名所に居るのは理にかなっているのかもしれない。
「しかしどうにも、僕には呪い代行業者という業種を信じる事が出来ません。僕は昔から幽霊や占いなどオカルトの類は詐欺と同じ部類だと思っています。」
「では、実際に目の当たりにすれば信じられるという事で御座いますか。」
「ええ、この目で見てしまえば信じざるを得なくなります。」
大黒はニヤリと笑うとカバンからペンと一枚の古ぼけた紙を取り出した。
「特別に一人だけ呪って差し上げましょう。呪いたい方のお名前を教えて頂けますか?」
ついさっきまでは呪いたい相手がどれだけでも思い浮かぶ気がしたが、その中からいざ一人を選ぶとなると実に悩ましい。 散々悩みに悩み抜いた結果、僕が呪う相手に選んだのは鬱病を発症する原因になったパワハラ上司。 僕はパワハラ上司の名前を大黒に伝えると、大黒は古ぼけた紙にペンを走らせる。
「この度はご利用誠にありがとうございます。今回掛けた呪いの効果は近日中に出ると思いますので、しばらくお待ちください。」
そう言い残して大黒は暗闇の中へ消えていった。

大黒のせいで自殺する覚悟がどこかへ行ってしまい、今日は大人しく帰宅した。 昨日の出来事がなんだか出来の悪い悪夢のように思えるが、昨夜は帰宅する時間が遅く完全に寝不足だからきっと夢ではないんだろう。 自殺が出来ないのであれば、生きるしかない。 僕は強い眠気を引きずりながらバイトに向かう準備をすると、テレビから聞こえてくるニュース番組でパワハラ上司の名前が出ていた。
「まさか、嘘だろ……。」 会社で僕を散々人格否定していたその人物は、どうやら未成年者売春の容疑で逮捕されたらしい。 昨夜大黒は近日中と言っていたが、あまりにも早すぎる。 半信半疑でニュース番組を見入っていると、スマートフォンが振動して着信を知らせた。
「もしもし。」
『おはようございます。早朝のご連絡申し訳ございません。私昨夜お話させて頂きました呪鬼会の大黒です。』
「まさか、今ニュースでやってるのって大黒さんの呪いの効果なんですか?」
『もちろんで御座います。実際に目の当たりにして信じて頂けましたでしょうか?』

大黒の言う通り、昨夜依頼した相手が次の日の朝に逮捕されているのは偶然にしてはあまりにも出来過ぎている。 僕は大黒の……いや、呪いの存在を認めざるを得なくなった。
「大黒さん、他にも呪って頂きたい人が居るのですが……。」
昨夜はもう二度と会わない、そもそも夢の中の登場人物なんじゃないかと疑っていた大黒との再会は予想よりも早いものになった。 バイト終わり、大黒に指定された喫茶店に入ると閑散とした店内の中で昨夜山の中で出会ったスーツの男が同じ格好で窓際の席に座ってコーヒーを飲んでいた。 大黒は僕の姿を見つけるとにっこり笑って手招きをする。
「遅くなってすみません。」
「いえいえ、お気になさらないで下さい。こうしてもう一度お会い出来て私は嬉しいですよ。」
その言葉はきっと本心では無いだろうと感じる胡散臭さは相変わらずだったが、呪いについては今朝証明されてしまったので信じるしかない。 そして、僕はその呪いの力を借りて復讐したい相手が山程いるのだ。もちろん、二回目以降は有料になるのでその金額次第にはなるのだが……。
「では、早速、呪鬼会の呪いの力を正式にご契約して頂くにあたっての注意事項をご説明させて頂きます。」

大黒の語った注意事項を箇条書きにすると3つ。
1つ、生半可な気持ちで呪ってはいけない。
2つ、一回の呪いにつき五万円の費用が発生する。支払いについては先払いとなる。
3つ、呪いが返ってきた場合については、自己責任となる。

大黒の説明が一通り終わった後、僕は幾つかの気になった点を質問した。
「すみません。一回五万円って、どうしてそんなに安いんですか?」
「呪鬼会は営利目的ではございません。申し上げましたが自ら死を選ぶまで追い込まれた方々、死、その一歩手前で最後のお力になれることを願っているのです。」

大黒の言葉をそのまま鵜呑みには出来ないが、依頼者である僕はある程度騙される覚悟で大黒を信じるしかない。その程度の覚悟が無ければ、人生に甚大な被害を与える呪いを掛ける事など出来ないだろう。
「呪いが返ってくるとは、どういう事ですか?」
「言葉通りの意味で御座います。例えば仮に、貴方に呪われた人が貴方に呪われた結果自らが不幸に見舞われたと知ったら、泣き寝入りでは終わらないでしょう。」
「その場合、どうすればいいですか?」
「生半可は気持ちで呪ってはいけないと申しました。呪うには自らも呪われる覚悟が必要なのです。」

大黒の話を聞いて、僕の復讐心は思ったよりも軽い事に気が付いた。 そもそも、誰かに復讐したところで僕の現状が変わる訳じゃない。
「ちなみに、余談ではありますが既に貴方は呪いを受けていた事にご存知でしたか?」
大黒の言葉で僕の考えに待ったが掛かる。
「まさか、今朝ニュースになっていたあの男ですか?」
「いえいえ、ずっと前から受けた呪いのせいで現状があるのです。あの男ではありませんよ。」
僕が呪いを受けていた。 確かに、僕のこれまで歩んできた人生は呪われていたと言われて納得してしまうような酷いものだ。
「勿体ぶらずに教えてください。僕に呪いを掛けたのは誰なんですか?」
「これ以上は解呪の手順が必要となります……実はとっくに気付いているのではありませんか?」
含み笑いを浮かべる大黒に対して、僕は僕に呪いを掛けた相手など全く分からない。 呪いを掛けたという事はある程度関係のある人物には違い無いが、呪いを掛ける程恨まれている自覚は無い。

しかし、あのパワハラ上司は自分が呪いを掛けられるような仕打ちを僕にしていた自覚はあったのだろうか? 考えれば考えるほどに、誰もが怪しく誰もが違うと思えてくる。 僕がどれだけ考え予測しようと答えを知る術がない以上は、現状で出来る事は最も可能性が高い人間に呪いを掛けるしかないのだろうか。 だが、見当はずれな人に呪いを掛けてしまえば、人数が多い程に呪いが返ってくるリスクが高まる。 かと言って僕に呪いを掛けてこんな人生にした人間に仕返しをしないのは、どうにも腑に落ちない。

しばらく考えていると、注文していて口を付けていなかったアイスコーヒーの氷が少し溶けてグラスを鳴らした。
「貴方に掛けられた呪いを解呪する事は可能です。」
唐突に発した大黒の言葉に僕は顔を上げる。
「しかし、解呪したとしても貴方の呪いが解けた事に気が付けば、また掛けられるのでイタチごっこになってしまいますが。」
「ちなみに、解呪にはいくら必要なんですか?」
「貴方に掛けられている呪いは強力ですので、ざっと五十万円ほどです。」
五十万円なんて大金、僕に払えるわけがない。
「どうして、呪いを掛けるのは五万円で解呪はその十倍なんですか?」
「十倍大変だからですよ。解呪というのは。」
呪いについて素人の僕には何がどう大変なのかさっぱり分からないが、専門家が言うのであればきっと大変なんだろう。
「つまり、僕に呪いを掛けた相手に呪いを掛け返して、もう僕を呪いに掛けられない状況になったら解呪する。そうするしかないって事ですか?」
「いえいえ、貴方は呪いを受けても今日まで無事生きておられましたので、無理に呪いを掛けたり解呪したりする必要はございません。重要なのは貴方がどうしたいかです。」
「僕がどうしたいか……。」
「さて、もう日も落ちる頃です。他にもお悩みの方がお待ちしておりますゆえ私はそろそろ失礼致します。呪い代行をご希望の際はまたご連絡下さい。」
伝票を持って席を立った大黒の後姿を見つめながら、僕は誰を呪うべきなのかを考えていた。

結局、僕を呪っているのは誰なのか。いつからなのか。何故僕を呪う事にしたのか。 どれだけ考えても何一つ分からない。 なのに、どうして大黒は僕が僕に呪いを掛けた相手の予想が付いているなんて言ったんだろうか。 もしかしたら、大黒は口から出まかせを言ったのではないだろうか。 布団に寝転がって天井を見上げると、木目のシミが人の顔みたいに見える。 徐々に強くなってくる眠気に瞼を閉じそうになっていると、何の気も無しにあの男が名乗った呪鬼会についてインターネットで調べてみることにした。

意外な事に日本呪術研究呪鬼会のサイトがすぐに見つかった。 呪鬼会のサイトにあった呪いの説明は多少異なるが、大黒が僕に話した内容と根本的な部分は統一されていた。 しかし、大黒は僕に掛けられた呪いは強力だと言い、その解呪には五十万円もの大金が必要らしい。 僕が内心で引っ掛かっているのは、大黒は高額な解呪よりも僕に呪いを返す方法を勧めた事。 営利目的であれば、単純な利益である解呪を勧めればいい。 確かに僕に呪いを掛けた相手を特定しないとイタチごっこという理論は分かるが、呪いを退ける護符という物が存在するらしい。 大黒は当然護符の存在を知っているにも関わらず、僕に報復を勧めたという事はそっちの方が大黒にとってメリットがあるという事だろう。 じゃあ、そのメリットとは何か……。

そもそも、僕は確かに今まで不幸な人生だったけどそれほど強力な呪いを受けているのだろうか? 大黒は自殺の名所に立っていた、誰かに呪いを依頼させる為に。 上司が逮捕された件で大黒は本物の呪術師、呪鬼会の力は確かである事は間違いない。 大黒の真意を確かめる方法は一つしかない。僕が誰かに呪いを掛けるのだ。 紆余曲折した思考は結果、誰かを呪う事になった。 呪う相手は高校時代に僕を虐めていた主犯格の男に決めた。

大黒に呪いを依頼する旨を連絡すると、明日時間を作ってくれるそうだ。 明日、僕は大黒の真意を見極めなければならない。 昨日と同じ喫茶店、同じ席に座っている僕と大黒。 大黒にとっては昨日決まっていたはずの話を引き延ばされてうんざりしていると思いきや、大黒は笑顔だった。 普段から笑顔で感情を読み取る事が出来ない男だ。もしかしたら内心で僕に対する不満を思い浮かべているかもしれない。
「では、誰を呪うのかお聞かせ下さい。」
早速本題を切り出す大黒に僕はテーブルの上に五万円の入った封筒を置きながら、高校時代の虐めの主犯格である男の名前を口にした。
「やはりその方でしたか、では早速その方を呪いましょう。この方が貴方に呪いを掛けた相手だと良いのですが。」
そう言って、カバンからペンと古ぼけた紙を取り出す大黒。
「待ってください。呪いを依頼する前に一つ聞いても良いですか?」
「ええ、構いません。」
「どうして、僕に誰かを呪うように仕向けるんですか?」
「仕向けるだなんて、とんでもない。貴方はその方を恨んでいるから私に呪いをご依頼されたのでしょう?」
「その通りです。今でも僕は自分が一番不幸だと思っているし、腹が立つ相手だったり呪い殺したい相手だって山ほど居ます。」
「それは人間ならば当然考える事です。貴方は間違っていませんよ。」
「確かに大黒さんの言う通りかもしれません。だけど、僕は誰かが不幸になったからと言って僕が幸運になるとは信じられないんです。」
「では、ご自身に掛けられている呪いは解呪しなくても良いのですか?」
「僕なりに呪いについて色々調べました。僕は強力な呪いが掛けられているとは信じられません。正直僕に呪いが掛けられているのは、僕に誰かを呪わせる為についた嘘だと思ってます。」

嘘という単語に大黒はピクッと眉を引きつらせた。
「僕が誰かを呪う事で大黒さんは五万円以外に得する事があるんじゃないですか?」
僕は恐る恐る自分の思ったことを直接大黒にぶつけた。鼓動の高まりを感じ、緊張ゆえに視界が狭まる感覚に包まれる。一瞬、大黒から目を話した、そんな感じがした次の瞬間、不気味なほど温和だった大黒の顔から表情が消えた。
「私たち呪術師にとって金銭などどうでもいいものなのですよ。呪術師にとって呪いの呪術を完遂する、それこそが人生において果たさなければなない使命なのです。ですが、人を呪うには自分にも呪いが跳ね返ってくる。そのため呪い代行の依頼を完遂するためには、いけにえ、呪いをかける媒体が必要なのです。」

開き直った大黒は、満面の笑みで語る。大黒の考えや呪いの道理は僕には理解出来ない。 言葉を失い、僕は彼との出会いを思い出した。あの自殺の名所。彼が探していたのは…本当に依頼者だったのだろうか。
「……次の依頼者の方は呪殺をお望みなのです。強力な呪いになるため、あなたのお命を利用させていただきます。もうすでに呪いはかけられていたのですから、もう一つ二つ呪いが重なってもご心配ないでしょう?」

そう言って、古ぼけた紙に僕の名前を書き始めた大黒。 呪いなんてろくなもんじゃない。 あの夜に、しっかり死んでおくんだった。

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