丑の刻参りについて

呪い、呪術は存在する。

呪い代行

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歴史背景・・・「宇治の橋姫」の伝説

日本古来から伝えられる丑の刻参りの起源は不明だが、初めて文献に現れるのは、※屋台本平家物語の劔巻に登場する「宇治の橋姫」だ。
内容は、嵯峨天皇の時代(786〜842)、 夫を若い美しい女の姿に見せた龍神に奪われた橋姫は、呪詛の神として名高い京の※貴船神社に、『鬼となり、夫と龍神に復讐させたまえ!』と、七夜祈りを捧げた。
それを聞き遂げた貴船の神は、『松ヤニで角を作り、※鉄輪(かなわ)を被って、宇治川に37日間浸れ』とお告げを下す。
お告げを聴いた橋姫は喜び、さっそく長い髪を五つに分け松やにを塗り固め角を作り、顔には朱をさし身には丹を塗り頭には鉄輪を頂きて、松明に火をつけ口にくわえ、宇治川に身を投げた。
その後、橋姫はこの後鬼と生まれ変わり、夫と龍神を食い殺すし思いを成し遂げ、夜更けの大和大路を南に走り去った…という話である。
諸説様々な学説もあり、「宇治の橋姫」についても複数の話が存在するが、世に伝えられる丑の刻参りのルーツともいえる話であることは間違い無い。

また、この話は室町時代に謡曲「鉄輪」として発展していく事となる…
先妻の嫉妬により、丑の刻り呪い呪術をかけられた男が、陰陽師阿部晴明に、呪いを解いてもらう…という話である。
この話より、丑の刻参りと、陰陽道との繋がりの深さが伺えよう。

下記は、「宇治の橋姫」についての歌

さむしろに衣片敷き今宵もや われを待つらん宇治の橋姫  『古今集』
橋姫のかたしき衣さむしろに 待つ夜むなしき宇治のあけぼの  『新古今和歌集』
網代木にいさよふ波の音ふけて ひとりや寝ぬる宇治のはし姫  『新古今和歌集』
※「屋代本平家物語」学校等で習う表の平家物語に対する裏の平家物語。
※貴船神社は昔、呪詛神としての信仰があり、現在でも、心願成就のご利益があると伝えられている。
URL:http://www.kibune.or.jp/

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←今も残る五寸釘の後…
丑の刻参り呪術呪いは今もどこかで実際に行われているのだ!

権力者も恐れた!丑の刻参りの呪術!

栄花物語によれば藤原頼通の病気は貴船の呪咀が原因だと言われている。
織田信長は比叡山を焼き打ちすることで、丑の刻参り呪い呪術を絶やそうとしたが、逆にその残党に呪われ最期を辿ったと言われている。
逆に、徳川家康の大成の裏には、信心深く鬼・神・仏を味方につけたことが少なからずとも影響があったと言われている。
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※定時法で一昼夜を十二に分け、それを十二支であらわし、真夜中が子(ね)の刻で、 以下丑は午前二時、寅が四時、卯が六時、辰は八時、巳が十時・・・・・と続いていく。

陰陽道との繋がり!

恋愛対象の人物の、体の一部(髪、体液、爪、皮膚・・・)、もしくは、名前を書いた紙、相手が着ていた服の切れ端・・・ を、藁人形の胴体の中に埋め込みます。その人形を絹布(もしくは紫の布)に包み、大切に扱ってください。そして誰にも見られないよ うに、午前2時に胸の思いを人形にささやきます。これを7日間続けてください。注意点は、7日間は決して誰にも見つからないように・・・間違っても釘を打ったり、粗末に扱ってはいけません!

陰陽道との繋がり!

丑の刻に(午前1時〜3時)神社の御神木(或いは大鳥居)に、憎むべき相手を象った藁人形を据えて、憎しみを込めて五寸釘を打ち込む。
これを七日間人に見られる事なく続けること。
境内の神木に人に見られない様に、人形に呪いの五寸釘を打ちつける。
もしくは、当会の販売している『呪術、呪い一式』に付属されている
杉の木を使用する際は、北東の方角に木を置き、 同じく呪いの念を送りながら五寸釘を打ちつければいい。

@足に五寸釘を打てば足が悪くなる。
A胸に打てば内臓が悪くなる(苦しむ)。
B手に打てば手ぐせが直る、浮気が直る。
C頭に打てば一撃必殺という言い伝えがあり、
D怨んでいる相手をひと思いに殺してやりたい時は五寸釘を一撃で打ち込むと良いとされている。

呪いが聞き届けられた場合、七日目に帰る道すがら、
黒い大きな牛に出会う。
行く手を阻むこの牛を乗り越えた時点で、丑の刻参り呪い呪術が発動する!

最期に・・・丑の刻参り呪い呪術は合法!

当会に多数よせられる体験談の中には、
一人身の親戚が突然病死し、遺産が手に入った!
旦那が交通事故にあって、保険金が手に入った!
呪い代行

などの、体験談もよせられております。
丑の刻参り呪術呪いの結果、どのようなことが起きたとしても、当会は一切責任は持てませんが、呪った本人が罪に問われることはありません。
あくまでも、丑の刻参り呪術呪いは悪用厳禁で、自己責任の元、慎重に判断してください。

日本呪術研究 呪鬼会